時代の流れと個人の向き不向きは別の話

ここ10年くらいだろうか、一言でいうと「同じ会社で一生過ごす時代は終わったので、職場のストレスを我慢せず、個人で稼ぐのが賢い」こういった思想がかなり増えたように感じる。おそらく私がデザイナーという独立しやすい職業に就いているから余計にこういう情報が目に入ってくるのだとは思うが、10年20年前と比べたら、社会の認識が明らかに変わっている。私が子供の頃は「お父さんは、同じ会社でコツコツ働き続けてエライね」という感じだった。一つのことを地道に続けるのは素晴らしいことだとされていたが、今はそういうのを馬鹿にする人々が一定数存在する。ゆとり教育の賜物だろうか。

「自分らしく」で自分を失う人々

デザイナーやプログラマが、就職した後に技術や仕事の流れを身につけて「自分でどこまでできるか試してみたいぜ!」と独立するのならよくわかる話だが、今まったく手に職がない状態の20代終盤〜30代・40代の人が、これから何か勉強して、それを元手に独立しようという流れについては思うところがある。勉強するのは良いことだし、副業も分かる、転職狙いまでなら理解できる。ただ独立というのは「悪路の近道で野垂れ死に」ルートに見えてならないのだ。

これまでの社会は「一つの会社にずっと勤め続けるのは偉い」「誰もやりたがらないことを続けるのは立派」という認識が主流だったが、最近は「個人の時代」「我慢はダメ」といった新たな価値観が参入してきて、どちらにも振り切れず自信が持てない人が発生しているのではなかろうか。

「地道にコツコツは偉い」という価値観が社会の主流であれば、会社で我慢してても「私はちゃんと我慢して偉い、立派」と思えて苦しみが和らぐ。しかし「地道にコツコツはアホらしい」と言われてしまうと「上司に言い返せない弱い自分、しかもアホらしいことをしている」となって自分を擁護できなくなり、余計苦しくなってしまう。「我慢せずに自分らしく生きよう!」と言われることで、自分らしさ(協調性、忍耐力、サービス精神など)を発揮しにくくなり苦しむ人がいると思う。

「地道にコツコツ丁寧に」が得意な人

私が今勤めている会社で、親の介護をするために地元に転職していった人がいた。その人の父親が亡くなって忌引が開けた後「おやじの遺言で、“オレに何かあったら、母さんを頼むぞ” とあったので、実家に帰って母の面倒を見ます」と言ってすぐに退職していった。聞いた話によれば、地元で介護士になるためにこっそり専門学校に通っていたらしい。

あの人はキーボードをバチバチ叩きまくるのがあまり得意ではなく、うちの職場ではしょっちゅう上司に怒られていた。しかしスピードはともかく中身は丁寧だったし、我々後輩たちを気遣って安物のお菓子をくれたりする、気が優しいオッサンだった。デザイン会社などの「時間との闘い」的な職場よりも、お年寄りや自然を相手に丁寧に向き合う仕事の方が、確かに長所を発揮できると思う。

私の前の会社での同僚の一人は、理不尽があってもあまりくよくよ考え込まず、気晴らしをして耐えられる良い意味での雑さがあった。そして私の幼馴染たちも、文句を言いつつも新卒で入った会社でずっと頑張っている。

仕事で成功して大金や権力を手にした「優秀な人」は、成功ノウハウを「良かれと思って」みんなに伝授し「これからの時代を見据えたアドバイス」をする。「優秀な人」に感覚が似ている人には再現性がある良い情報だが、同時に、地道にコツコツ型や、ミクロ視点が得意な丁寧型の良さを潰すノイズでもある。

「あの人は成功したのだから、正しいことを言っている。正しいことには従うべき」は、間違いだ。まず本当に成功だったかどうかはその人が死んで100年くらいして初めて分かってくることだし、仮に成功だとして再現性のあるノウハウがあったとしても、その情報で『あなたの』生活や気持ちがすぐ楽にならないのであれば、あなたが従う意味は全くない。

だいいち「成功」したといっても、「…で?」という感じがしてこないだろうか。成功したとて、あなたは死ぬし、地球も滅びる。生きた証など最終的には残らない。しかも世の中には無限の物差しがあるのだから、完璧な成功・最強の成功などありはしない。だったら、ありのままの長所を活かすほうが、皆が生きやすいというもの。地道にコツコツが得意な人は、それに自信を持っても良いはずなのである。

適材適所・役割分担

という単語が、小学生の時から好きだ。ポケモンを遊びながら、一体一体が長所を発揮してコンビネーションを決める美しさ、好きなポケモンを活躍させるために戦略を考える面白さを知ったのだ。ポケモンバトルで終盤に現れて勝負を決めるエースポケモンは花形だが、エースが暴れられるように場を整えるサポートポケモンがいて、それが組み合わさって初めて勝利を手にできる。クロバットが最後の一撃を決めることはまず無いけれども、私の一番好きなポケモンはクロバットだし、二番目に好きなのは全く戦闘に向かないモクローなのである。

現代社会では格差が広がり、エースポケモンの発言ばかりが拡散されている。エースが「サポートしてくれる仲間のおかげで勝てました」と言えばいいのだが、「これからは命中率の時代だから大文字より火炎放射を覚えろ」みたいな話しかしないので、それを聞いたサポートポケモンたちは「やっぱり、こんな弱い技よりも攻撃が大事よね」と思ってしまう。トレーナーからすると勝つためにはサポート技も絶対に必要だし、そもそも対戦しないトレーナーも多いのだが、情報共有が勝手に加速してしまう現代社会においては、サポートポケモンのモチベーションを保つのが難しくなっている。

…ポケモンの話じゃありません。「エースポケモン→実業家・インフルエンサーなど」「サポートポケモン→無名の会社員・事業主など」「勝利→より良い社会」に置き換えて読んでください。