『黒潮』第6話「激流と源流」

「えっ…?!」

トラウトが、”あのCD”の製作者を知っている!?

「これは、すぐにマグロには話すことができない話なんだ。その判断を君と相談したい」

「何で僕に…」

「今のマグロを知っている…というのもあるし、他にも事情があるんだ。…君の、お父さんの名前を教えてもらっていいか?」

「父は… サバ、です」

「…この話は、君にとっても、マグロにとっても…俺にとっても、厳しい話だ。少し覚悟をしてくれ」

「大事なことなんですね。大丈夫です」

「そうだ。ありがとう。…あ、敬語じゃなくていいよ」

「マグロの記憶が飛んだことは、聞いていたんだね」

「うん。16から18のところ。…何かあったとか?」

「その16から18の期間、マグロは…いや。マグロと、俺と、もう一人…君のお父さん、サバ。この三人で、バンドをやってたんだ」

「そういえば父はベースを持ってたような…」

「その通り。どんなバンドか…予想ができるか?」

「…」

「…デスメタルのバンドだった」

「…まさか… ?」

「そう。おそらく君の今思っている通りだ。あのCDの製作者は…」

「マグロと、トラウトと、親父…なの?」

「そうだ」

「だから、家に残ってたのか…」

「サバがベースで、俺はドラムを叩いてた。マグロはギターを弾きながら歌ってて、曲も書いてた。だから、あれはあいつの曲だよ」

「あの声マグロだったんだ…はは」

「ふっ、いつもの声からは確かに分からないよな」

「それで、なんでこれをマグロには話せないの?」

「それは…これから話すよ。マグロの記憶が飛んだのには、原因があった」

「ある日マグロは、『オレは音楽で食っていくんだ!』…って実家を飛び出した。俺はあいつの幼なじみで兄みたいなもんで、昔から一緒に演奏したりしてたから、あいつと夢を追うのも悪くないって思ったのさ」

「一緒にバンドをやって、成功させようと…」

「そんなところだ。あいつは精神的にちょっと弱かったから、俺がいた方が良いんじゃないかというのも、一緒にやってた理由だ」

「意外…」

「一見ちゃらちゃらしてるからな。で…すぐには売れなかった。でも頑張っていけば行けると思っていた。なぜなら…君は、あいつの書いた曲で旅にまで出てしまったんだろ」

「うん。自分が一回死んで、生き返ったみたいに感じたんだ。できるなら会って話したいと思った…いつの間に話してたみたいだけど。へへ」

「だよな。だからだ。…しかし、俺とサバには特に才能は無かったように思う。…そんなことは、誰にも分からないけどな。それと、歳もそこまで若くなかった。…サバはそれで嫉妬してたようで、いつからかマグロを責め始めた」

「…あいつ…」

「さっき言ったように、マグロは傷つきやすいところがあるから、それを半ば本気にしてしまった。俺はバンドを続けたかったし、マグロの才能は信じてたし、友達だったから、そんなことないって励ました。新しいベーシストも探したりしながらね。サバはかなり遠くに住んでたから、それもあった。でもある日…マグロが練習に来なかったんだ」

「それは…」

「マグロにはありえないことだ。しかも無断でなんて絶対ありえなかった。だから、あいつの家に行ってみたんだ」

「…」

「それで…詳しい説明は避けるけど、…救急車を呼ぶことになった」

「それが、記憶が飛んだ原因…」

「の、はずだ。しばらく入院で、意識が戻った時には、バンドのことを忘れていた…ということだ」

「辛かったから、忘れたのかもしれないね」

「俺もそうじゃないかと思う。…だから、この話はマグロに簡単には、できない。もし話すことで思い出して、何か起こったら、取り返しがつかない」

「分かった。…でも、マグロも”製作者”を探しているし、ずっと隠し続けるのは…」

「そこが難しいんだ。だから、君に相談しようと思った。君のお父さんも関わっていることだしな」

「ちなみに、トラウトは今ドラムは…」

「やめたよ。バンドも解散した。マグロが退院して俺の家に来ることになったから、思い出しそうなものは処分したんだ。…まぁ、あいつ勝手にまたデスメタル好きになってたけどな」

「あはは…好みは変わらないんだ。でもそうすると…ギターを持ったり、バンドを組むのも時間の問題なんじゃ?」

「そうだと思う。だから、焦らず、でも早めに伝えないといけない、そう思っている」

「難しいね」

「俺も考えるけど、よかったら君も、何かアイデアとか頼れる人を知ってたら、教えてほしい」

プルルル… …ガチャ

「はい、こちらトビー」

「もしもし、トビー、こんにちは」

「あらエンガワ君。珍しい、どうしたの?」

「ちょっとマグロの記憶の事で、相談があって…」

「お前ん家、意外と区の中心まで時間かかるんだよなー」

「俺は静かな方が好きだからな」

「いちいち言わなくても分かってら」

「で、今日はそのCDをレコード会社に持ち込んでみるのか?」

「おうよ!もしそれでもダメなら、ちょっと見当つかなくなるな…ライブハウスは沢山あるから聞き込みには困らないんだけど」

「まあ、期限が無いなら、焦ることはないな。ずっと旅を続けないといけないわけでもない」

「あっ、それもそうか。じゃあ気楽に行くことにするぜ」

「…そうなんだ…。うんうん…なるほど。オッケー、じゃあ…そうだね。それでやってみる。助かったー、ありがとう!じゃあね」

ガチャ。

ガチャン!

「たっだいまー!っあーーちくちょーっ!!」

「わっ、ど、どうしたの」

「あのさーー、おい!門前払い!!なんだよ!オレの見た目が悪かったか!?真面目なのに!!」

「あっ、そうだったんだ、それは残念…よ、よしよし」

「うお~!!」

「ただいま。マグロ、野菜を踏むな」

「だってさ~…あっ、スイマセン」

「昨日話したトビーに電話してみたんだけど…まず、食卓を囲みながら話すと良いと思うって」

「うん…?どういうことだ?」

「同じこと言われるのでも、気分とか雰囲気でだいぶ変わるって。あと…心配しすぎじゃない?って言ってた」

「そうだろうか」

「『音楽とか友達って、そういう時に役立つものでしょ。』って。何なら再結成しちゃえば、とも…」

「急には無理だが…話し始めるきっかけには良いかもしれない」

「すると、具体的には…食事を囲みながらメタルをかけて、バンド再結成を提案…から入る感じかな」

「随分平和な感じだ」

「逆にそれが良いんじゃないのかな」

トビーはこんな事も言っていた。

記憶を思い出すマグロも怖いだろうけど、一番怖いのは僕なんじゃないか、って。

トラウトは、僕を一目見て「父の面影」を感じたらしい。当時子どもだった僕の名前も知っていた。

僕とマグロは友達だ。でも、記憶を取り戻したマグロが僕を見て、複雑な気持ちになったら?

…そこを乗り越えないと、僕はずっと親父の影に覆われていることになってしまう。それは絶対嫌なんだ。