『黒潮』第2話「山と谷」

「やーっと着いたわ」

「おじゃまします」

時計はてっぺんを回っていた。

最後までライブを楽しんだ僕たちは、そのあと他の人たちと音楽の話で盛り上がってから、歩いて帰ってきたのだ。

「トイレとシャワーここな!」

そう言いながら、金髪はその部屋に駆け込んでいった。

そういえば、まだお互いの名前も知らなかった。

ジャー!…バタン!ドタドタドタ!!

「よし!!早速、例のブツを聴かせてもらおう!!」

「あっ、あのさ」

「おう!」

「名前まだ知らなかったじゃん。僕、エンガワ」

「マグロ!ハタチのフリーター!よろしく!それよりさ!!」

「はい、これね」

「くぅー!やっと聴ける!!他の奴ら大体評価高かったもんな~!」

いわく、ライブは周りがうるさくていいけど、CDから聴くなら静かな場所じゃないと、らしい。

長い金髪にイヤホンを潜らせて、しばらく。

「終わった」

「どう?」

「めっちゃいい」

「でしょ」

「帰ってきてから聴いた甲斐あったわ」

さっきから目がキラキラしっぱなしで、口元もユルユルになってたから、バレバレだった。

「オレも誰のか知らない…。このテの音楽のことは調べてたつもりだったけど、インディーズにこんなのいたんだな」

「なんでデビューしなかったんだろうね…」

「まあ音楽活動って厳しいみたいだけどな。…でもこれは、グッと来たわ」

「分かってるね」

「…… ……」

おう、と呟いて、俯いて顎に指を当てだした。目がキョロキョロしてる。

「決めた!オレもこのCD作った奴探す旅に出る!!」

「え、えぇっ?!?」

「このままじゃスッキリしねえ!!お前だけ『じゃあ行ってきまーす、さようなら』なんて、あってたまるか!!」

「マグロがいるのは心強いけど…仕事とか大丈夫なの?」

「辞める!」

「突然辞められるかな…」

「さすがに明日出発は無理だけど、人数多いし頼めば大丈夫なはず… …とにかく!!近々、オレはお前と旅に出る!これは決まったことだ!!」

「そっか」

「お前意外と飲み込み速いな。そういうことだから、オレが働いてる間にここを片付けておけ」

「えぇぇ~~っ?!」

「じゃ、行ってくるから、よろしくな」

「はーい」

翌朝、マグロはさっそく仕事に行った。

自分の家の片付けが終わったと思ったら、今度は友達の家の片付けか…

狭い家だけど案外綺麗にしてるし、物もそんなに多くない。…けど、明らかに面倒臭そうな場所が1箇所あった。

「なんだよこのCDの量…」

物騒なタイトルのCDが、棚にビッシリ詰められている。

「このテの音楽」は調べてたっていうのは、本当の本当なんだ。

「1、2、3、…この厚さで10、てことはこの列で…約50、重ねて一段100枚…?げっ、後ろにもう一列あるし…」

「ただいま~」

「おかえり」

「どれどれ…おおっ、結構まとまってんじゃん」

「でしょ。ただね、1箇所全く手つけてない」

「?」

「CDの山」

「あっ!そうだよ、あいつらどうするかな…売るのもなぁ…」

「それで、提案があるんだけどさ」

「おう!」

「うちに置いていいよ、ここから遠いけど」

「あれ、1人暮らしで旅に出てるのに…あ、実家?」

「そう。色々あって親が失踪した」

「そうか… エンガワが良いって言ってくれるんなら、ありがたいわ」

「うん、いいよ。…あ、辞めるって言った?」

「ん、あと3日働いたら終わり。今からこの家の解約の話しに行く」

4日後の朝。

片付けを終えた僕とマグロは、しばらく旅ができるだけの持ち物…と、大量のCDを抱えて、まずは僕の家に向かっていた。

「重いんだけど」

「オレの人生だからな」

電車を乗り継ぎ、坂道を登り、昼を過ぎてようやく到着した。

「これの下に…どの鍵だったかな…おっ、当たり」

床の下に階段が現れる。

「おお!!地下室だ!!すげえ!!」

「ここなら盗られることもないと思う」

「おう、じゃあ、有り難く置かせてもらうぜ!」

さっそく出発したいところだけど、腹が減っては…

「こんにちはー」

「あらっ!エンガワくん大きな荷物じゃない?どこか行くの?」

「あー、まあ… 実は、ちょっと旅に出る感じで」

「た、旅に?!大変じゃない?!」

「大丈夫ですよ、そんなに大きな旅じゃないです」

「それならいいけど… えっと、腹ごしらえよね。今日はどれかしら?唐揚げ弁当なんかどう?」

「おまたせー」

「サンキュー」

「小旅行だって嘘ついてきちゃった」

「まあ、3日で見つかれば3日の旅行になるし、嘘ではなくね?」

「んん…そうなるといいけど…いや、それは逆にがっかりするような」

「あはは」

「んん?」

「いや、まじめだなーって」

「そう?」

「いや、でも突然CDのために旅に出るのは…」

「でしょ」

「だはは」

陽は徐々に傾いてきた。

「とりあえず、N市だよな」

「谷を越える電車は…どれくらいあるっけ?」

「1日2本、朝と夕方」

「じゃあ今日は近くまで行って終わりだ」

「ん、宿があればそこで、安いとこ無けりゃ野宿だな」

谷の麓には宿がいくつかあったが、安い部屋は満室だった。

「しょうがないね」

「ま、珍しい体験ってことだ」

「うん。おやすみ」

いよいよ、本格的に旅が始まった。

「あのCD」について、栄えているN市なら、何か知ってる人がいるかもしれない。