『黒潮』第5話「再会」

「きたきた」

翌朝。僕とマグロは、中央駅でトビーと合流した。

「さっそく行きましょ」

「おう!」

S区といえば大都会だ。トビーの引っ越すビルはそのド真ん中に構えているらしい。

「こっちこっち」

朝に出発して、電車を何本も乗り継ぎ、腹ごしらえを挟み…陽はすっかり傾いてきている。

「次で降りるよ」

「おっ!いよいよだな、エンガワ」

「だね!」

長い地下道を通って、地上の改札から外に出た。

風に吹かれて前を見上げると、そこには…

「わぁ…!」

眼前に広がる、銀河のような光。人々や車の流れは混沌として、呑みこまれそうだ。四方八方から、ざわざわした音がびゅんびゅん飛んでくる。ひときわ大きなビルの向こうには、オレンジ色の夕焼けが輝いていた。

「すごいね…!」

「おう、…なんかオレ、この景色見たことある気が…」

「えっ、…いつ?」

「分かんない…もしかしたら、抜けてる所かもな」

「ねえ、何の話?」

「あっ、そっかトビーには言ってなかったね…後でホテルから電話で話す、かな?」

「ん、オレについての話ね。聞きたきゃ話すけど」

「じゃあ後で聞かせて」

僕たちに安いホテルを何ヶ所か教えた後、トビーは会社の社員ビルに向かっていった。

まずはレコード会社に”あのCD”を持ち込んでみたいけど、それをするには時間が遅い。遅い時間にできることは決まっている。

「うおーっ、『ハリケーン』だって、絶対モッシュやってるっしょ」

「書いてあるの、恐ろしい名前ばっかりだしね」

やっぱり僕たちにはこういう音楽が似合うと思う。身体にガンガン響くベースとドラム、耳にぶち込まれるギターの爆音。

ここは大都会でL市はそうでもないけど、ライブハウスの空気は同じだ。

「あー、今日は歩いたから眠くなってきたわ」

「うん、早めに済ませようか」

「だなー」

あの時と同じように、”それっぽい人”にCDを聴かせていく。

返事はどれも当たり障りがない。

「明日のレコード会社に期待、か」

「うーん、もう1人だけ」

「オッケー。 …ん?」

「どうしたの?」

「あいつ…」

突然、スタスタと早歩きでどこかへ向かっていく。

追いつくと、壁際に立っている男に話しかけていた。短い茶髪で、背が高くがっちりした体格だ。あまり”それっぽく”はない。

「?!…マグロ、か?」

「おっ、当ったりー、久しぶりだな!トラウト」

「何でお前がここに…」

「何だよー、オレが嫌なのか?かなし~っ!わはは」

「いきなりで驚いた」

「だろ?…おう、エンガワ、こいつはトラウト。オレの親友」

「こんばんは」

「初めまして。トラウトだ。エンガワ君…か…」

「はい。 …?」

「オレ、今こいつと一緒に旅してんだよねー。何の旅か教えてあげよっか」

「何だ」

「デスメタルが入った、謎のCDの製作者を探してんだ!面白そうだろ!」

「デスメタル?謎のCD?」

「おっ、ちゃんと食いついてきたな。めっちゃいいんだぜ。お前にも聴かせるよ」

「聴いてもらえますか?」

「勿論。ちょっと失礼」

そう言うと、CDプレイヤーを開けて中のCDを取り出した。表裏眺めている。

「それさー、何も書いてないから何も分かんないんだよな、だから聴かせて回ってるってワケ」

「…では聴かせてもらう」

「お願いします」

「あ、エンガワこいつタメ語でいいぞ。いいよな?…あ、もう聴いてら」

「…」

閉じたまぶたの中で、眼がグリグリ動いているのが分かる。僕も、聴き込む時はそれをやっちゃう。

そんなことを思っていると、目が開いた。意外とつぶらな目をしてる。

「…とても良いと思う」

「だろ?まぁお前ならそう言うだろとは思った。で!」

「…」

「流石に詳しいことは知らねーかな?」

「…知らないな」

「だよなー。まぁ明日、レコード会社行って聴いてもらう予定だから、いいんだけど」

「そうか…。 旅の途中と言ってたな。泊まるところはあるのか?」

「まぁ安いホテルに…え、家行っていいの?」

「せっかく会えたから、少し話がしたい」

「なるほど!よっしゃ!なんだーオレに会えて嬉しいんだったら、素直に言えよな、この~」

「エンガワ君も来ていいよ」

「ありがとうございます!」

「トビーに電話で話すんだったよね」

「あーっ、そうだそうだ、すっかり忘れるとこだった。俺の記憶の話な」

プルル…

「もしもしーっ、マグロでーす」

「はい、トビー。ええっと… あっ、駅を出た時のことね。何の話してたの?」

「なんだぁトビーも忘れてたんじゃん!オレも電話すんの忘れかけててさー、えーっと、そうそう、オレが記憶喪失って話だよ」

「え、記憶喪失なの?」

「うーんとね、オレ今20なんだけど、16から18の間の記憶が飛んでんだよな。何故かそこだけなんだけど」

「そうだったんだ… それで、”見た事ある気がする”、なのね」

「そういうこと!何となく光とか人混みの感じがさ。ま、実際どうなのかは分かんないけど」

「いつか思い出すといいね」

「おっ、なんだたまには優しい事言うんじゃん。まあな、楽しい事忘れてたら勿体ねーし」

「たまには、じゃないから」

「ハイハイ、じゃーオレはこれから寝るから、また明日か今度で!」

「ハイハイってアンタ…一応あたしの方が年上なんだからね?!全く…曲の途中で話しかけるわ、バイクは盗むわ…そもそもアンタは…」

「おーい、お説教始まってんぞ。また今度聞くから!今度な!」

「こら!逃げるなー!」

「また騒がしかったね?」

「なんなん、あいつ」

「オレはこれから寝るって、話すために呼んだんだが…」

「あっ!悪い悪い、もう眠くてさあ…少し話したら寝かせて」

「分かった」

「… … ということで、オレはバイトを辞めてこいつと旅に出たってわけ」

「金はあるのか?」

「あるよーだ、もうお前にお世話になんなくてもいい大人だぜ」

「なら良いんだが」

「マグロ、トラウトにお世話になったの?」

「うん、記憶が飛んだ後しばらく居させてもらってた。この家からオレは巣立っていったというわけだ」

「親友で恩人なんだね」

「そう!…てか、ねみぃ~!オレはもう寝る!おやすみ!」

そう言い放って、ゴロン、と雑魚寝を始めた。

「…じゃあ僕も、」

「エンガワ君」

「?はい」

「君には、話しておかねばならないことがある」

「…」

僕とトラウトは、マグロを置いて隣の部屋に移動してきた。

わざわざマグロが寝た後に話しかけてきて、移動したということは、大事な話なのかもしれない。

「話さないといけないことって…何ですか?」

タメ語でいいって言われたけど、敬語になってしまう空気。

「…単刀直入に言おう。俺は…君の探している製作者が誰か、知っている」