『黒潮』第3話「それぞれの過去」

「ぐぅ…」

(ブロロロ…)(ドドド…)

「…?」

遠くから、丸い光が2つ近づいてくる。

(ドドドド… …ブゥゥン…)

ドドドド…ッ!ゴオオ…!!

「な、なんか来てる…?!ま、マグロ!」

「…あぁん?」

「あれ…何かこっちに…!」

「…! まずい、荷物を…」

バッ!

「よっし、ゲットォー!!」

「!!」

バッグが盗られた!

あの中には…

「ま、待て!!」

「ヤバっ、おいエンガ…?!おい!何やって…?!」

「僕の…!俺のCD!!!」

「うおっ?!何だお前?!二人乗りは危ね…っ!?」

「どけ!!それは俺のだ!!」

「あぁっ!」

ドサッ!

「これだからバイク乗りに良い奴はいねぇんだよ…」

「おいエンガワ、大丈夫かよ、飛び乗ったりして…」

「おう。お前のバッグも取り返すぞ」

「えっ、あ…?どうした?キャラ変わって…」

「乗れ!」

「あっ、はい」

ブォォォオオン!!!

「うおっ…!!お前免許は?!」

「んなもんねぇよ!!」

「… …よし、頼んだぜ」

「掴まってろ!」

「あいつだ!」

「俺が横につけるから、飛びかかれ」

「また随分ムチャな…まぁやるけどさぁ」

「おいてめえ!バッグを寄越せば見逃してやる!!」

「は?誰だおま…」

「今だ!」

「よっと!!」

ドシャァッ!!

「オッケー、なんとか無事に…エンガワよ、ついでにこのまま谷越えちまうか」

「おっ、いいぜ」

「ぶっとばすぜー!!」

ブロロロ…

奪ったバイクで谷を越え、N市に到着したのは朝だった。

「意外とかかっちまったな。 …おっ、着いたね!」

「こいつバイクに乗ると…」

「あいつら何だったのかな?」

「ん、あの辺たまーに出るんだよ。強盗ってか、ひったくりっていうか…大丈夫だと思ってたけど、当たっちまった」

「そうなんだ… …うーん、とりあえず寝たい…」

街のはずれの公園で、バイクを日陰に休むことにした。

「そういえば、マグロはバイクの免許持ってたの?」

「んー… 多分持ってない」

「多分、って…?」

金髪を風になびかせながら、青い空を見上げている。

「オレさ、16から18の途中までの記憶、ないんだよな」

「記憶…喪失?」

「うん。目が覚めたら、いつのまに18歳だった。だから、その間に取ってなければ、免許ない」

「そっか…」

「そういえばといえば、お前さあ、」

あっはっは、と笑ってから、日陰にしているバイクを叩いて僕を見る。

「お前、バイク乗ったらめっちゃ強気になるのな!!さすがにビビったわ~」

「あは…あれね、何だろうな…なんか、親父のこと思い出してイライラしちゃったんだよね」

「あー…そうなのか。一人暮らしの…失踪で…」

うーん、と顎に指を当てて、またこっちを見る。

「あのさ、言いたくなきゃ言わなくていいんだけど…親となんかあったの?」

「えーとね…マグロには言おうと思ってるけど…今はちょっとまとまらないから…後で…」

「おう、わかった」

穏やかな風に、意識がさらわれていく。

「ん…」

「おっ?」

「…おはよう…」

「よし、起きたな!昼飯行くぞ!」

「うーん、うん。そっち寝たの?」

「ちょっとだけな」

駐車場にバイクを停めて、食事処へ。

「んん、んまい!」

「魚がカツ丼食べてる」

「んだよ、お前の方こそ、共食いじゃねーか」

「これエンガワじゃなくてイカだよ」

「だいたい同じだろ!」

「2年前、親父がいなくなってさ」

店からしばらく歩くと、腰かけられそうな広い階段があった。

「しばらくして、母親もいなくなって…多分、親父を追っかけてったんだけど」

「うん」

「親父はさ… 酒飲みで、煙草も超吸ってて、多分浮気とかもしてて…あとバイクにすげー金かけてて」

「…」

「だから多分、破産しそうになって…逃げたんだと思う」

肩にずっと乗ってるマグロの腕が震えてるのが分かる。

「だから、バイク乗ったら、自分も親父と同じことしてる、みたいに思っちゃって、イライラして…」

「ごめん…」

「ん?」

「性格変わったって笑ったり、ビビったとか簡単に言ったりして…」

「あぁ…知らなかったんだから、しょうがないよ。気にしないでいいから」

「ホント悪い…」

「なんだよ、らしくないな…あれっ、雨か」

見ると、さっきまで晴れていた空は、いつの間に黒雲に覆われ始めていた。

「ね、N市なんだから、きっとデカいライブハウスもあるでしょ。雨宿りついでに探しに行こう」

「あっ… おう。…ありがとな」

この旅の最初の目的は「あのCD」の製作者を探すことだった。でも今は、探すものがもう2つ増えてると思う。

マグロの記憶と、僕の親父とのケリ。