『黒潮』第7話「海に届く光」

「いっただきまーす」

遂にこの時が来た。正直、緊張する。

「悪いなートラウト、ご馳走になりまくっちゃって~!」

「くつろげ」

「もちろんよ!」

「せっかくだし、メタルかけない?」

「おっ、いいねー!なんかこれで今日の嫌なこと忘れられそ~、わはは」

そ、そういうこと言わないで!

言い出しにくくなる…!

順調にカサを減らしていく、鍋の中。

ふと顔を上げたら、トラウトと目が合った。アイコンタクト。

「マグロよ」

「おう、なんだ?あっ、ごはんおかわりいい?」

「…取ってくる」

「おーっ、気がきくじゃん!」

大きな身体が、のそのそと台所へ向かっていく。

しかも、炊飯器の前でものすごい神妙な顔になってる。ちょっと笑いそうだ…ガ、ガマン。

「…」

「ありがとさん。…なんだよ怖えー顔して?」

「…話がある」

「?…えっ、なに、そんな真剣な話なの?エンガ…ちょっ!何だ二人して!?怖えーよ!?」

「ご、ごめん、なんか…」

「すまないが、真剣な話だ」

「えぇ~っ、…何だよ?」

ああ、トラウトも多分僕と同じで、人と話すの苦手なんだろうな…。

「お前、…バンドを組む気はないか?」

「は?別に真剣な話じゃないじゃん。全然いいよ?」

「…お前は、前も俺とバンドを組んでたことがある。覚えてるか?」

「… …あっ、なるほどオレの抜けてる記憶か。覚えてないけど…うーん、どんなバンドだった?」

「……」

「そこ大事なの?」

「ああ。ただ隠しても仕方ないよな。…デスメタルだった」

「ん!オレの音楽の好みってずっと同じなんだ!」

「おい」

「あ、ごめん。真剣なんだよな…えっとさ、なんか曲とか残ってねーかな。鼻歌でも…」

「それが、実は…」

トラウトが僕を見た。すかさず、CDプレイヤーを渡す。

「…これだ」

「…えっと?」

「お前たちが作者を探しているCDだ。これは、実は…昔の俺達の曲だったんだ」

「…面白いな。もっかい聴いてみるわ」

少し頭を揺らしながら、穏やかな顔で聴いている。

「この曲さあ…確か…生きると死ぬって何だろうって悩んで、それで書いたんだよな」

「!!」

「思い出したの?!」

「多分。バンドやってたな、『ロックト・キッズ』って」

「あ、ああ…お前、大丈夫なのか、思い出して、大丈夫か」

「何だよ、ダメなことなんか特に… …ダメなことか。…あ、あいつか?オレを、いじめた、えーと… …サバだ。あっ思い出したくねー奴だ、ヤバいヤバい」

「大丈夫なんだ…な…」

「うわー何だトラウトお前その顔、ははっ、そんな顔初めて見たわ」

「…うるさい」

「そんなにオレが大丈夫で嬉しいのか、なんだ可愛いやつじゃね~か、この図体で」

「うるさい。それよりエンガワ君が…少し不安だと思うんだ」

「あ…マグロ… 僕のこと、前から知ってた…?」

「あいつの子供だよな。エンガワ。確かに今見りゃそんな感じかもしれねーや」

「…」

「あっ、バカ!なんでお前の親父にいじめられたら、お前も嫌いになんなきゃいけねーんだ!おかしーだろ!?」

「!」

「あっ、また見たことねー顔だ!…うわっ、犬みてーだなお前」

「う、うるさいな!」

「へへっ、二人してそんなにオレのこと… 心配して… …う、うわっ、やべっ」

「ん、これは初めて見る顔じゃないな、昔から泣き虫だった」

「うるせーな!!いちいち言うな!!」

「エンガワ君のおかげだよ。本当に良かった」

「いやいや、僕はたまたまCD見つけただけで…でも本当、良かった」

「途方に暮れていたんだ。ライブハウスで君たちと会って、”今がその時だ”って覚悟ができたんだよ」

ライブハウスって、途方に暮れた人が集まる場所なのかな…

「俺はやっと…… ……かな…」

あっ、何か聞き逃した。

たまにボンヤリしちゃうんだよね…

「トラウト、ところでバンドは本当にやるつもりなの?」

「うーん、あいつがやる気ならやるよ。ただ、すぐには難しいが…ベーシストも探さないといけないし」

「おっすー、いい湯だったわー!」

「噂をすれば」

「噂の絶えない、水も滴るいい男!ってか!」

「エンガワ君、次どうぞ」

「ありがとう、お言葉に甘えて」

「冷てーやつらだ」

「さっきの続きなんだが」

「え、まだあるのかよ」

「いや、バンドを本当にするかどうかって話だ。お前はやりたいか?」

「そりゃあ、できるなら早くしたいよ。オレが持ってるスキルそれだけだもん、あとはフリーターか死ぬかだわ」

「そうか。じゃあ、やろう」

「早っ、えっ、いつから?」

「バンド活動…の、準備は今からできる。俺もお前もブランクがあるから、まずは練習をすることからだな」

「ギター… あ?!?オレのギターどこだ?!!」

「売った」

「あぁぁあーー~~!!??あー、あ~あ。うん…理由はなんか分かったわ。じゃあ新しい相棒を探しに行く」

「悪い。俺も、まずはスタジオで叩いてみる」

「ここ防音だったよな?」

「そうだ」

「居候していい?」

「…新しい仕事と家が見つかるまでだ」

「防音は高いから」

「働け」

「はいはい、すいませんでした」

「それから、ベーシスト探しもしないといけない」

「あー、そうだったな」

「ただいまー、トラウトお先でした」

「おっ!そうだ!お前やれよ!」

「んっ?」

「エンガワお前ベース弾いたことあるか?」

「ないけど」

「あー、そっかー。でもお前、この先やること決めてんのか?」

「決めてないけど…ええっと、何の話?ベースは弾いたことないよ?」

「よし!決まりだ!一緒に練習しよう!!ここでシェアハウス!!」

「おい!俺の家だぞ!勝手に決めるな!」

「えっダメ?ダメなの?」

「…」

「だからさ、オレがギターボーカルでしょ、トラウトがドラム叩くでしょ、あとベーシストが要るから、エンガワがやれば俺は嬉しいなあって話だよ」

「僕は楽器何も弾いたことないよ?できるの?」

「練習すればできるようになる!!」

「そうなのかな…」

「…ここに居候するなら、生活費はちゃんと出せ」

「おおっ、やっぱ話の分かる奴だよな~、よしっ決まり!」

「ええと…何にしても、仕事探さないとだよね」

「エンガワ君は真面目でよろしい」

「オレは?」

「ダメだな」

「ダメってなんだよ!!!」

無事にマグロの記憶が戻った!

それはいいけど、何故か話がどんどん進んできちゃって…えっ、僕に”あの曲”のベースが務まるのかな?

それから…この旅の目的は、まだあと少し残ってるんだ。まだ僕の旅は終わっていない。