『黒潮』第1話「下戸の金髪」

街まで出てきた僕は、やっぱり途方に暮れていた。

「このCD」の主が生きているかどうかも分からない。

それでも、探さなければいけなかった。いや、僕は探したい。

まず思い付いた方法は、とりあえず聞かせてみることだ。

しかし、これはなるべく避けたい。避けたほうがいい理由が、ちゃんとある。

その音を聞く限りは、バンドの曲だった。

ボーカル、ギター、ベース、ドラム。

ただ、ボーカルが轟々いう唸り声で、ギターは凶悪な耳触り。

ベースも聞こえるギリギリの低い音で、ドラムも人間がやってるようには聞こえない。

つまりは、とんでもなく激しく煩い曲だった。

これを片っ端から聞かせるというのは、僕の大好きな曲を否定され続けるのはもちろん、下手したら迷惑防止なんとかで没収されてしまうということだ。

それは最悪だ。

だから、まずは「それっぽい人」を探すことにした。

あんな凶悪な曲を書くのだから、たぶん見た目もそんな感じだろう。

そういう人は、人脈が強いに違いない。こっちは、何か少しでも情報が入れば万々歳なんだ。

バンドといえばライブハウス。幸か不幸か、この街にライブハウスは少ない。

谷を越えた隣の都市が栄えているので、こっちは吸われてしまっている、ということ。

この街の「それっぽい人」候補がそこに集まってくれるんだから、ありがたい。

「サークル・ボックス」

看板の下には、地下への階段が伸びている。まずはここで情報収集をしよう。

受付には、チリチリした黒髪を肩まで伸ばした男が座っていた。

「こんちわ」

口の端にピアスをつけている。タバコの臭いが鼻につく。

「こんにちは。…お願いがあって、この曲を書いた人を探してるんですけど」

ほう、と口の端を少し上げてイヤホンを挿す。

ここで働いているのだから音楽が好きなんだろう。チリチリをご機嫌そうに揺らしている。

「なるほどね、デスメタルね。音の感じはインディーズだね。書いた奴は知らないけど、オレこういうの割と好きよ」

自分の他にも、分かってくれる人がいるんだ。

「ここに来る人は、デスメタル好きだったりしますか」

「そりゃ日によるな。ただ今日は多いね、これからそんなバンドがいくつか出るからね。よかったら見てきなよ」

なんてラッキーだ。

そんなバンドのメンバーたちなら、何か知ってるかもしれない。

「ありがとうございます」

「うんうん、ドリンクと合わせて3,000ね」

ステージのある薄暗い部屋に入ると、「それっぽい人」が数人壁にもたれ掛かっていた。

誰から声を掛ければいいのか…ぼーっとしていると、後ろから肩を叩かれた。

「どうも!今日1番手でやるフレッシュ・オブ・フィアーのギターです!よかったらこれ聴いてください!」

それっぽすぎる、それっぽい人に、半ば強引にCDを渡された。

「あのCD」と見た目がそっくりだ。そうか、「あのCD」もこんなふうに試作されたものなんだ。

「あの、このCDに入ってる曲を書いた人を探してるんですけど、聞いてもらってもいいですか?」

「探してる?!いいですよ!てか、探してんならメンバーにも聴かせますよ。ただ俺らこれからやるんで…じゃあ、後で!あとで終わったらまた声かけてください!」

つくづくツイている。いい人だ。

怖い人が怖い曲を書くのかと思っていたけど、怖いのは見た目だけなのかもしれない。

いつの間にか、部屋には「それっぽい人たち」が集まっていた。

タバコの煙と、低い話し声が充満している。

フレッシュ・オブ・フィアーの演奏が始まった。

ステージを激しい光が交差する。確かに受付のチリチリさんが言っていたように、僕の好きな感じのサウンドだ。

さっきの人は、僕から離れた方でギターを掻き鳴らしている。

部屋の中の人たちは、頭を振ったり、肩を揺らしたり、微動だにしなかったり。

初めての空間で慣れないはずなのに、何故か居心地がいい。

「ありがとうございましたー!!」

拍手と口笛。部屋が暗い間に、また人が増えていた。

周りを眺めていると、また肩を叩かれた。

さっきの人だ。何も言わずにこっちを見て、部屋の後ろの方を指差して、メンバーと早足で歩いていった。

ついて来い、ということか。

「物販やってまーす!! …さっきはどうも!どうでした?」

「良かったです」

「ありがとうございます!さて、じゃあ、オイ、お前らさっきの話の!人探し!」

「こんにちは~ボーカルです~」

「あの、これです」

「あい、聴きますよ」

メンバー4人の耳を渡っていくイヤホン。

「なかなかいっすねぇ~、音は悪いけど」

「どのバンドかまでは知らないな…」

流石に、試作品は知ってる人が少ないらしい。

うぅん、と落とした肩に、誰かの腕が乗ってきた。

「何聴いてんすか?」

これまた、それっぽい人だ。

背中まで届く、綺麗な金髪ストレート。襟が豹柄のベストに、ぴちっとした黒いシャツ。

迷彩パンツから鎖がジャラジャラぶら下がっている。

声は完全に男だけど、見た目はちょっと女みたいだ。

「その子がこのCDの作者探してるらしくて、知ってる奴がいないか回してて」

「んー、なんか楽しそうっすね」

長い金髪がするん、と肩を回って、僕と目が合った。

「あとでオレにも聴かせてね」

めちゃくちゃ目が大きい。

「あっ、はい、お願いします」

そうこう話しているうちに、2番目のバンドがサウンドチェックを始めだした。

「いきなりなのに聞いてくれて、ありがとうございました!」

「いやいや、こちらこそ。分かんなくてごめんね」

「またここでライブやると思うから、そん時は来なよ」

2番手のバンドは、かなりのスピード系。部屋の中がムシムシしてくる。

そうだ、ドリンクチケットがあるんだった。

部屋を出てカウンターに行くと、さっきの金髪が壁にもたれて何かを飲んでいた。

コーラを貰って、横に並んでみる。

意外。僕と同じものを飲んでいた。

「オレ意外とゲコなんだよな」

あっ、ばれた。

「今日一人なの?」

「はい、今日…っていうか、いつもですけど」

「オレと同じじゃん。こーゆー音楽あんま一緒に来る奴いないよな」

「うーん…一人暮らしで、友達もいないんで」

「あぁ?一人暮らし?お前何歳だよ?」

「16です」

「何で… いや、そりゃあ色々あるよな」

「はい…」

「あのさ、今日お前うち来いよ。で、さっきのCDゆっくり聴かせてよ」

「えっ、いいんですか」

「お前意外と断らないのな。いいよ。あっ、学校とかあるか?」

「今…旅をしてて」

「は?」

「いや、だから、あのCDの作者を探す旅で」

「…あぁ?!そーゆうことだったのか!あっはっは!!」

「やっぱり、変ですかね…」

「いや、そーゆうの良いと思うよ。あ、タメ口でいいぞ」

「あ、ありがとう」

「そーゆーのは早く言えよな~!」

「あはは… ん?」

防音扉の向こうから聞こえてくる、激しいドラムの音。壁に掛かっているモニターを見ると、2番手のバンドが更に激しい曲を演奏し始めたらしい。

「始まったな。行くか」

「うん!」

コーラを飲み干して、僕と金髪は再び轟音の中に飛び込んでいった。