「気」の向きと人と絵

他人や自分から出たり吸い込まれたりしている「気」があるのを感じる。

「気」は目には見えないが、「覇気(の出方)」「オーラ(の方向)」とも言い換えられる。

私は確かにその感覚を感じるが、それで他人に意図的な影響を与えられるわけではない。ただ感知できるだけである。

以前の記事で書いた「自他境界」とも関係があるように思う。

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「出す型」と「吸い込む型」の人

気には「出す・吸い込む」という流れがあり、人によっては(無意識に)出してばかりの人や、吸い込んでばかりの人がいる。私は「出す型」、夫は「吸い込む型」である。

大体の人はそこまで極端ではなく、出したり吸ったりしていても微弱なことが多かったり、出すのと吸い込むのが切り替わる人もいる。これは「気が強い・穏やか」などの性格や、体格とは関係ない。

夫の友人は「出す型」で、私も「出す型」なので、並ぶと無意識に気が反発し合って居心地が悪くなるが、間に夫を置くことで落ち着くのを感じる。この3名は気の方向性が非常にわかりやすいのだが、ここまで明確な気の流れを感じる人はあまりいない。

それから、ずっと一緒にいないと観測が難しいのでサンプル数が少ないが、私も夫も「左右のバランス」は傾いている。私の場合、全体としては「出す型」なのだが、右から吸って左から出すという「流れ」がある。夫も、左手の方がより強く吸い込んでくる(自覚はないらしい)。

夫の肩揉みは、テクニックというよりも気がグイグイ吸い込まれるのが異常に気持ちいい。

これは絵にもある

そしてこの「気」は「絵」にもあると気付いた。

覇気のある絵は、パッと見たとき「ちょっと気圧されて緊張し、画面のどこを見たらいいか認知的に分からなくなる」ような感覚がある。

覇気のある絵の例:「レメディオス・バロ」の検索結果

覇気と画力はあまり関係がないが、構成力は低い方が or 高くてもあえてロジックから外している方が、むしろ気を感じやすい気がする。といっても、構成力が低いせいで「どこを見ていいか分からない」のではなく、画面全体から気が出過ぎていて、視線が色々な場所の気に引っ張られるので「どこを見ていいか分からなくなる」のである。

逆に「吸い込み型の絵」もあり、こっちはいわゆる「吸い込まれるような感覚」になる。

吸い込まれる絵の例:「ムンク」の検索結果

ムンクは吸い込み人間だったのかもしれない。

夫の「目」は、ジッと見ていると、暗い宇宙に吸い込まれるような恐怖を覚える。対する私の目は「射抜くような」感じがするらしい。夫の友人の目も、なんだか迫ってくるような圧がある。

ちなみに「出す or 吸い込む」とは別ベクトルで、「作為的で技術アピールが激しい or 無作為で自然体」というのもあり、これの一番わかりやすい例が新版画の吉田博と川瀬巴水だと思っている。絵のスタイル自体はそっくりだし時代も近いが、精神性にかなり違いがあり、私は自然体の方が圧倒的に好きである。

「吉田博」の検索結果

「川瀬巴水」の検索結果