FtX無性の就活体験談。中性的なスーツの着こなしを解説

(2023.04.18 加筆修正)

特に性別違和のない学生でも、多くの場合は気が乗らない就職活動。Xジェンダーの方は、一般的な就活の苦しみに加えて、ジェンダー表現という点で更に精神的負荷がかかります。

このメンタルダメージを減らす方法の一つが、「実際に就活をしたことのあるXジェンダーに、“どこまでなら許されるのか” をあらかじめ聞くこと」です。

どこまでセーフでどこからダメなのかが分からないと、自らリスクを負って試行錯誤しなければなりません。これは非常に疲れますし、前情報があればしなくて済む苦労です。そこで、FtX無性の私の就活体験談を書き残しておくことにします。参考にしていただければ幸いです。

前提情報

筆者のアイデンティティや経歴について

体験談を読んでいただくにあたって、私がどんな人なのかある程度把握した方がわかりやすいと思うので、以下に記します。

アイデンティティ

  • FtX無性(Xジェンダー)
    • 身体は女性だが、精神に感じられる性別は無い(性自認が無性)
    • 身体の形や、周囲に求められる性別役割への違和感が幼稚園時代からあった
  • バイセクシャル
    • 男性にも女性にも好意を抱いたことがある
    • 既婚
  • 中性的な格好
    • 身体が女性なので、精神とのバランスを取るため、立ち居振る舞いや服装はやや男性寄り
    • 体格的に男性だと思われることは無い

経歴

  • 全日制高校を中退後、通信制高校に再入学し卒業
  • 2018年にデザイン専門学校を卒業後、グラフィックデザイナー兼イラストレーターとして就職
  • しばらくして、デザイン会社に転職

デザイン業界での体験談です

私が就職した職種はグラフィックデザイナーのため、主な就活の舞台はデザイン会社や印刷会社でした。いわゆるクリエイター系なので、服装・髪型の規則が緩い会社が多い業界です。ですので、お堅い業界や公務員などの場合は、かなり状況が異なると思います。

Xジェンダー以外の不利要素もありました

私の場合、Xジェンダーであることによる精神的負荷以外にも、以下のようなハンデを負って就活をしました。

  • うつ病になったことがある
  • 最初に入学した全日制高校を中退している
  • 卒業したのは偏差値なしの通信制高校
  • クラスメイトより4歳年上(2年生の専門学校卒業時に24歳)

けっこう不安要素がありましたが、最終的には東証一部上場(当時。現在は子会社化により株式廃止)の印刷会社と、地方の教育系ベンチャー企業の2社に内定を頂けました。ちなみに入社したのは後者で、その後デザイン会社に転職しています。

スーツはどこまで崩していいのか?

就活マナーの本やサイトなどで示されている「完全にセーフで、理想的な格好(女性)」は、以下のような感じだと思います。

  • 髪は後ろで結ぶ。色は黒か濃い茶色
  • 濃すぎない化粧、健康的な感じでナチュラルメイク
  • 黒のリクルートスーツで、スカートスタイル
  • インナーは白いブラウスと、肌色のストッキング
  • 靴はヒールが高すぎないパンプス
  • ネイルはベージュや薄いピンクなど目立たないもの

この中で、「個性が」ではなく「性表現が」で引っかかるものを抜き出すと、以下のようになります。

  • 化粧しないとNGか
  • レディースのスカートスタイルでなければアウトか
  • ワイシャツではなくブラウスでないとダメか
  • ストッキングは履かないとマズいか
  • パンプスは履かないといけないのか
  • ネイルをするべきか

これらの疑問に回答することで、「できるだけ中性的で、無難な格好」を導き出していきます。2017年頃に就活した際に、私が肌で感じた「セーフ」なので、最近はもっと緩くなっているかもしれません。また、今回の記事で導き出す格好はあくまで「現実に対処するための妥協案」であり、私はリクルートスーツや新卒一括採用というシステム自体が無くなることを望んでいます。

Q1. 化粧しないとNGか

A1. NGです。ただし、女性のメイクである必要はないです。

どういうことかというと、ホストやジャニーズ系、美容系などの男性がメイクをするように、ファンデーションを塗って肌を整え、眉毛を整えて描けばセーフという意味です。アイシャドウやチークやマスカラはしなくて良いです。スッピンでも肌質が非常に綺麗という場合に限り、ファンデーションも外しても良いかな?という感じです。要するに、整えてる感が出ればいいということです。

ちなみに昔の私は「化粧をする=女」という印象を持っていましたが、薄く化粧をした方が頬の赤みが消えたり眉毛がキリッとして中性的な見た目になることに気づき、化粧への抵抗感がほぼ無くなりました。

Q2. レディースのスカートスタイルでなければアウトか

A2. 既製品のメンズスーツはアウトだと思います。オーダーメイドならいけるかもしれません。レディースのパンツスタイルはセーフですが、業界によってはNGの場合がありそうです。

身体が女性でそのまま青○やコ○カなどのメンズスーツを着ると違和感がかなり強いと思います。もしお金に余裕があるならば、オーダーメイドで「骨格はレディースに合わせつつ、デザインはメンズライク」みたいなスーツを作ってもらうのはアリだと思います。ただ、周りが既製品のリクルートスーツの中で高級感の出るオーダーメイドだと、集団面接などでは少し浮くかもしれません。

また、レディースの場合スカートを選ぶ就活生の割合がかなり多いですが、レディースであればパンツスタイルでも全く問題ありません。ただし業界によっては暗黙の了解があるかもしれません。

もしかすると、スカートを着ている方が統計上の採用率が高い可能性がありますが、なぜスカートを着ている方を採用したくなるのかを考えれば、Xジェンダーの方には尚更パンツスタイルを選ぶことを強く推奨したいです。

Q3. ワイシャツではなくブラウスでないとダメか

A3.男性用のワイシャツでも大丈夫です。

私が就活したときは、近所のイオンで男子中学生の制服用のワイシャツを買い(成人男性用だとサイズが無いため)、それをずっとジャケットの下に着ていました。意外と目立たず、誰にも何も突っ込まれなかったですし、パンツスタイルであれば尚のこと馴染むと思います。

Q4. ストッキングは履かないとマズいか

Q4.ストッキングに類する生地の靴下でも大丈夫です。

パンツスタイルの場合、タイツのように腰から履くタイプではなく、靴下タイプのストッキングでOKです。色は肌色と黒両方試しましたが、どっちも大丈夫でした。ぱっと見ストッキング生地に見えれば、他の似た素材でも良いと思います。伝線しない分、靴下の方が合理的でもあります。

Q5. パンプスは履かないといけないのか

A5. 現状、履かないといけません。ヒールが一番低いもので耐えましたが、これが一番きつい。

代替できるフォーマルな似た靴がなかった※ので、パンプスを履くことになります。ここが最も変えられない部分です。ヒールが低くても「カツ、カツ」と“女の音”を出しながら歩く羽目になりますから、これだけは覚悟をして耐えるか、耐えられない場合は私服OKの会社を選んで面接に行く形になります。

また、最近まれにスーツ姿で運動靴を履いた女性がいます。SNSでも「KuToo(靴、苦痛、MeToo のもじり)」という運動、要するに女だけに歩きにくくて痛いパンプスを強要するなというデモが起こっていたので、LGBTではなく女性の権利という文脈でパンプスを履かずに済む方向性が今後出てくるかもしれません。

※もしかすると、あなたが就活をする時にはパンプスの代替となる新しい靴が発売されているかもしれないので、一応検索はしてみてください。

Q6. ネイルをするべきか

A6. しなくていいです。

これは一番どうでもいいと思われます。爪が伸びすぎだと不潔感が漂ってダメだと思いますが、ネイルはしなくても全く問題ないです。

導き出された「できるだけ中性的で、無難な格好」はこれだ!

これまでの質問の答えをまとめて、分かりやすいようにイラストに表すと、以下のようになります。

私が就活で実際にしていた格好のイラスト

どうでしょうか?耐えられますか?私はこの格好で就活をしましたが、パンプスがかなり精神的にキツかったです。ストッキングの靴下も結構嫌でした。ただ、足元以外はそこまで苦痛ではなかったです。特に、男子中学生用のワイシャツは精神安定剤のような働きをしていました。

マナーや仕草は「かっこいいキャラ風」で

「自分はカッコいいのだ」と思い込むと、動作に余裕が出て本当にカッコいい行動が出たりします。はっきり喋るとか脚を閉じるとかいったマナー・仕草は、これを利用して対処していきます。

就活セミナーなどに出ると、女性には女性らしい感じを…という前提が漂ってきて、Xジェンダーの方はそれが引っかかって素直に受け取りづらいと思います。であれば、「女性」を「あなたの好きなカッコいいキャラ」に変換して乗り切りましょう。アニメキャラではなくアイドルやYoutuberでもいいですが、とにかく最終的な行動が同じであれば、そこにたどり着くまでのイメージは別に女性でなくても良いのです。

例えば「女性は足を揃えて座りましょう」というのは「電車の中で足広げてるオッサン、くそダサいですよねw」と言っている男性Youtuberなどに置き換えて考えるということです。

ちなみに私の就活時の座り方は、脚は揃えるが手はグーで両膝に置くという、男性用と女性用を両方採用したスタイルに落ち着きました。それで特に何もツッコミは受けなかったです。

リクルートスーツを着ずに就職する方法

リクルートスーツを着るのが苦痛で耐えられない場合は、以下のような手段で就職先を探すこともできます。

LGBTフレンドリーの会社を受ける

私が就活をした2017年には無かったのですが、LGBTを受け入れる体制がある会社専用の求人サイトがあるようです。私は使ったことがないので、実際どんなものかは分からないのですが、ここに載っている企業であればワケが分かっているのでしょうから、比較的安心して入社できると思います。いい流れになってきて喜ばしいです。

「面接は私服でお越しください」と書いてある会社を受ける

クリエイター系やアパレル系、ITベンチャーの場合は、求人票に「私服でお越しください」と書いてある場合があります。小さいデザイン事務所などの場合、面接が1回だったり、2回目が最終面接でそれも私服でいい、しかも入社後も服装自由という場合があります。大きい会社になると、おそらく役員面接以上はスーツを着ないとダメだと思いますが、スーツを着なくても入れる会社もあります。

面接がWebで完結して、仕事中の服装が自由の会社を受ける

上半身はスーツを着ないといけない場合がありますが、最も高い壁であるパンプスを履かなくて良いのが、Web面接の良い点です。ただし入社初日はスーツで来てという場合もあるので、要確認です。これはコロナ禍で新しくできたパターンですね。

アルバイトやインターンから正社員に移行する

アルバイトやインターン生なら、私服面接で入れる場合があります。それで良い働きをし続けて、本格的な面接をせずにしれっと入社、という方法があります。ただ、実際に入社する流れになるまでスーツの面接があるのかないのか分からないのが欠点です。

親類や知人に聞いてみる

社会に出ていろいろな会社とやり取りしていると、同族企業が思ったよりも多いことに気づきます。どんな人間か既に知っている相手なら、スーツを着ずに入社できるかもしれません。

Xジェンダーであることを公言するべきか

就活が始まる前の私は「Xジェンダーであることを公言しないと、何か怪しまれるのではないか」「就活が始まる前に性別適合手術をして、男性として就活をした方が良いのではないか」と本気で心配していました。しかしそれらは完全に杞憂でした。

会社の人事は性別についてそこまで深くは考えません。Xジェンダーという単語すら知らないのがほとんどでしょうし、最近はセクハラになるので「ボーイッシュだね」とすら言われません。

今までの人生で感じてきているとは思いますが、残念ながら「FtXです」と公言しない限りは女性として扱われます。しかし、それはつまり公言しなければ女性の個性として普通に受け取られるということです。FtXも、案外普通に扱われます。

補足:転職時もスーツを着ないといけないのか?

私は転職も経験しましたが、スーツが無難ではあります。第二新卒(20代中盤くらいまで)はリクルートスーツを使い回すことも多いです。20代後半以降の場合、全員ほぼ同じ形のリクルートスーツとは違って、ある程度自分好みのスーツを着れますが、「スーツ以外で」と指定がない限りは着ることになります。

ただ一つ大きな違いは、転職では大勢同時には面接を受けないので、自分だけパンツスタイルや薄化粧で浮くということは無いです。

この段落を書くために改めて市場調査をしてみましたが、相変わらず男女差別が罷り通っていて頭が痛くなります。女性に対して美しさを求めることもですが、男性にはなぜスーツ以外の選択肢が許されていないのか、なぜ男性と女性で着る服の形が定まっているのか?能力に全く関係のないことをお互いに縛りあって苦しんでいます。転職屋やスーツ屋、マナー屋の食い扶持がなくなるから、下らない話がいつまでも無くならないという、悲しい構造です。

最も大切なのは「(心の)準備」

Xジェンダーやうつ病など、就職活動にあたって不安要素がある場合に、最も大事なことは「(心の)準備」です。カッコがきにしたのは、心の準備をするためには現実的な準備をする必要があるからです。

最も重要なのは、時間的余裕がある時点で「本当に自分は就活をするんだなあ」という実感を持つことです。そのためには、求人票を眺めたり、教員に簡単なことを聞いたりと、低いハードルを早くから1つずつ越えていくことが大切です。2週間に1回、15分だけでいいので、就職課の部屋に入って、黙って求人票を眺めます。案外と、簡単に入れそうな会社も載っています。未経験でもいいと書いてある会社もあります。すると「得体の知れない強い敵」「何を言われるか分からない恐怖」だった就活が、だんだん「なんとなく何を聞かれるかぼんやりイメージできる」「自分でもひょっとしたらできるかもしれない」になっていきます。こうして「就活」という概念に対する恐怖や嫌悪感、無知を少しづつ取り外していくことが大切で、それには時間が必要なので、早く就職課に行き始めましょうという話になります。

参考までに、以下は私が2年制専門学校にいた時の就活の速度感です。

  • 春、入学した次の週くらいに就職課を初めて見に行く
  • 月に2回くらいのペースで就職課を覗き、求人票を眺めたり、教員にアドバイスを聞く
  • 心理相談室で性自認や就活についての不安を3回くらい相談する
  • 一年生の夏、就職課に斡旋してもらってWebデザイン会社のアルバイトを開始
    • このアルバイトで制作スピードとクオリティがかなり向上
    • 作品集の自主制作作品も自動的に貯まっていく
  • 一年生後期の自主参加授業で「就活講座」を選択し、放課後に8回ほど受講
  • 一年生の冬、別のアルバイト先に2〜3件応募してみる(面接練習を兼ねて)。Webデザイン会社のアルバイトを辞める
  • 二年生の春、就職課で面接練習を3〜4回ほど行う
  • 二年生の夏、内定が2つ出る

細かい回数は間違っているかもしれませんが、ざっくり言っても普通に考えたら早すぎる時期から準備を進めていました。入学前から「自分には不利要素がこんなにある、だから就活対策を誰よりも早く始めないとニートになる」と思っていました。条件が普通ではないのだから普通のペースでやっていたら危険なのです。

私は専門学校で習ったことを作品集にまとめ、それを持って就職活動をしましたが、四年制大学の場合は作品集ではなく「学生時代に力を入れたことのエピソード」を持っていくと思います。私が一年生の夏から作品集を強化し始めたように、一年生からエピソードを少しづつ作るようにしてください。いきなり大きいエピソードはできませんから、ステップアップのための時間が必要です。だから早く就職課に行って「就活感」に慣れてください。

まとめ:Xジェンダーの就活は“普通”じゃない。冷静に実力を付けていこう

就活についてインターネットで調べたり教員に聞いたりすると「安全寄りの答え」が返ってきます。「コロナが落ち着いてきたのでマスクを外したいけど、もし周りの人が気分を害したら困るから、念の為マスクをしている人」と同じです。

マスクは感染症対策という面で意味がありましたが、リクルートスーツは意味があるのかないのかよく分かりません。よく分からないものをそのままにしているから生産性が毀損されているのですが、ハタチそこそこの若者一人ではどうしようもなく、自分の人生をマシにするための最善手が「変な文化に加担すること」なので、全身で嘘を吐かされているようで、心の底からウンザリしてしまいます。

「普通の就活対策」をそのまま実行しようとすれば、あらゆるものが男女で分けられているために、Xとしての己の存在を失って自信が無くなります。かといって、就活対策を完全に無視すれば、自分の人生が大きく損なわれてしまいます。

自分の人生を損なわず、己の存在も失わない、ギリギリの領域を探して攻めるしかありません。「普通」に支配されず、「普通」を毛嫌いすることもなく、冷静でいること。そして、作品集やエピソードをコツコツ鍛えて、実力で認められること。これが、Xジェンダーが取りうる最善の就活対策だと思います。