運命とはiPhoneのようなものである

Appleの創始者スティーブ・ジョブズの有名な言葉に、以下のようなものがある。

A lot of times, people don’t know what they want until you show it to them.
多くの場合、人は形にして見せてもらうまで、自分は何が欲しいのかわからないものだ。

一般的にはビジネスで商品開発をする際の文脈として理解されるが、これは「仕事」「友人」「結婚」といったものにも当てはまると思う。

というのも、私にとって「天職」「親友」「配偶者」は、どれも自分でイメージしていたものとは違ったからだ。

私は現在、印刷物やウェブデザインのデザインを作る仕事をしている。今はこの仕事が天職だと思っており、デザインを作るのは楽しい。しかし、デザイン専門学校に入学した動機(当時のイメージ)とは違った道を辿っている。

専門学校に入学した当初は、ゲーム会社でイラストを描く人になりたかった。「だったらデザイン科ではなくゲーム科だろ」と思われるだろうが、実際のところ私は「リスクヘッジ」の意味を込めてデザイン科を選んだのである。ゲーム会社にデザイナーとして入るのは非常に狭き門だが、ゲーム会社以外のデザイナー採用はたくさんあるのだ。そして、卒業後の就職先は一般企業のデザイン部門となり、その実務経験をもとにデザイン事務所に転職した。

入学当初はデザインの本質が何かなど分かっていなかったが、実務経験を8年くらい積んで、それこそ昨年か今年に入ってから、デザインの本質と自分の元々の特技が密接に結合していることに気づいた。これは完全に意図していない現象である。

親友は専門学校で出会ったのだが、第一印象はそんなに良くなかった。当時の私の内面を振り返っても、その親友は決してこちらから「仲良くなりたい」と思うような性質ではなかった。しかしその親友という、自分と真逆の人物と長時間付き合ったことで、私の人生が非常に良い影響を受けたことは間違いない。

私の愛想が悪くても友好的に接し続けるという親友の謎ムーブによって、半ば強制的に友達枠になったが、その強制性によって長期間付き合うことがたいへん重要だったのである。

もう一人親友がいるのだが、そいつは幼馴染でもある。ただ、私の中ではそんなに印象の強い人物ではなかった。友人のうちの一人であることは確かだったのだが、幼稚園〜高校時代の友人たちの中で、彼女が今最も親しい状態というのは正直全く予想していなかった。

配偶者もマッチングアプリを介して知り合ったが、最初に直接会ったときの感覚は「特になし」であった。トキメキ・嬉しさ・嫌悪感などのような特殊な感覚がなく、あえて例えるなら、家族と買い物しているような感じである。今思い返すと、なんだか生き別れの弟と(そうとは知らずに)初めて会ったようであった。

結婚当初は、一般的な結婚生活を知らないので(これは全員そうであろうが)、この先ずっと一緒に住み続けられるだろうか?と何度か懸念が発生したこともある。しかし、3~4年一緒に住んでみたところ、配偶者と自分は「同類」だという確信が徐々に積み重なっていき、今では「情があるから」とか「好きだから」というよりも「人生で初めて認識した同類であり、珍しすぎるから」という理由で、一生一緒にいようと思うようになった。

これらの現象は「実際に働いてみないと・過ごしてみないと、自分にとって“大変良いもの”だとは分からない」という意味で、iPhone的である。iPhoneの登場前から「指で触って操作できる、パソコンと携帯電話の中間みたいな小さいデバイスが欲しい」と考えていた人はほとんどいないだろう。仕事や人間関係も同様に、「私の強み的にはデザインの仕事がいいだろう」とか「配偶者はこんな感じの人間が相性いいだろう」とは、サッパリ思い至らないものだ。

とはいえ、これらには初めてスマホを触ったときのような「明確な驚き」があったわけではない。ビジネスの商品よりも適職や人間関係の方が長期的だし、機能表や手順書もなく属人性の極みなので、確認に時間がかかるということだろう。