「いっただきまーす」
遂にこの時が来た。正直、緊張する。
「悪いなートラウト、ご馳走になりまくっちゃって~!」
「くつろげ」
「もちろんよ!」
「せっかくだし、メタルかけない?」
「おっ、いいねー!なんかこれで今日の嫌なこと忘れられそ~、わはは」
そ、そういうこと言わないで!
言い出しにくくなる…!
順調にカサを減らしていく、鍋の中。
ふと顔を上げたら、トラウトと目が合った。アイコンタクト。
「マグロよ」
「おう、なんだ?あっ、ごはんおかわりいい?」
「…取ってくる」
「おーっ、気がきくじゃん!」
大きな身体が、のそのそと台所へ向かっていく。
しかも、炊飯器の前でものすごい神妙な顔になってる。ちょっと笑いそうだ…ガ、ガマン。
「…」
「ありがとさん。…なんだよ怖えー顔して?」
「…話がある」
「?…えっ、なに、そんな真剣な話なの?エンガ…ちょっ!何だ二人して!?怖えーよ!?」
「ご、ごめん、なんか…」
「すまないが、真剣な話だ」
「えぇ~っ、…何だよ?」
ああ、トラウトも多分僕と同じで、人と話すの苦手なんだろうな…。
「お前、…バンドを組む気はないか?」
「は?別に真剣な話じゃないじゃん。全然いいよ?」
「…お前は、前も俺とバンドを組んでたことがある。覚えてるか?」
「… …あっ、なるほどオレの抜けてる記憶か。覚えてないけど…うーん、どんなバンドだった?」
「……」
「そこ大事なの?」
「ああ。ただ隠しても仕方ないよな。…デスメタルだった」
「ん!オレの音楽の好みってずっと同じなんだ!」
「おい」
「あ、ごめん。真剣なんだよな…えっとさ、なんか曲とか残ってねーかな。鼻歌でも…」
「それが、実は…」
トラウトが僕を見た。すかさず、CDプレイヤーを渡す。
「…これだ」
「…えっと?」
「お前たちが作者を探しているCDだ。これは、実は…昔の俺達の曲だったんだ」
「…面白いな。もっかい聴いてみるわ」
少し頭を揺らしながら、穏やかな顔で聴いている。
「この曲さあ…確か…生きると死ぬって何だろうって悩んで、それで書いたんだよな」
「!!」
「思い出したの?!」
「多分。バンドやってたな、『ロックト・キッズ』って」
「あ、ああ…お前、大丈夫なのか、思い出して、大丈夫か」
「何だよ、ダメなことなんか特に… …ダメなことか。…あ、あいつか?オレを、いじめた、えーと… …サバだ。あっ思い出したくねー奴だ、ヤバいヤバい」
「大丈夫なんだ…な…」
「うわー何だトラウトお前その顔、ははっ、そんな顔初めて見たわ」
「…うるさい」
「そんなにオレが大丈夫で嬉しいのか、なんだ可愛いやつじゃね~か、この図体で」
「うるさい。それよりエンガワ君が…少し不安だと思うんだ」
「あ…マグロ… 僕のこと、前から知ってた…?」
「あいつの子供だよな。エンガワ。確かに今見りゃそんな感じかもしれねーや」
「…」
「あっ、バカ!なんでお前の親父にいじめられたら、お前も嫌いになんなきゃいけねーんだ!おかしーだろ!?」
「!」
「あっ、また見たことねー顔だ!…うわっ、犬みてーだなお前」
「う、うるさいな!」
「へへっ、二人してそんなにオレのこと… 心配して… …う、うわっ、やべっ」
「ん、これは初めて見る顔じゃないな、昔から泣き虫だった」
「うるせーな!!いちいち言うな!!」
「エンガワ君のおかげだよ。本当に良かった」
「いやいや、僕はたまたまCD見つけただけで…でも本当、良かった」
「途方に暮れていたんだ。ライブハウスで君たちと会って、”今がその時だ”って覚悟ができたんだよ」
ライブハウスって、途方に暮れた人が集まる場所なのかな…
「俺はやっと…… ……かな…」
あっ、何か聞き逃した。
たまにボンヤリしちゃうんだよね…
「トラウト、ところでバンドは本当にやるつもりなの?」
「うーん、あいつがやる気ならやるよ。ただ、すぐには難しいが…ベーシストも探さないといけないし」
「おっすー、いい湯だったわー!」
「噂をすれば」
「噂の絶えない、水も滴るいい男!ってか!」
「エンガワ君、次どうぞ」
「ありがとう、お言葉に甘えて」
「冷てーやつらだ」
「さっきの続きなんだが」
「え、まだあるのかよ」
「いや、バンドを本当にするかどうかって話だ。お前はやりたいか?」
「そりゃあ、できるなら早くしたいよ。オレが持ってるスキルそれだけだもん、あとはフリーターか死ぬかだわ」
「そうか。じゃあ、やろう」
「早っ、えっ、いつから?」
「バンド活動…の、準備は今からできる。俺もお前もブランクがあるから、まずは練習をすることからだな」
「ギター… あ?!?オレのギターどこだ?!!」
「売った」
「あぁぁあーー~~!!??あー、あ~あ。うん…理由はなんか分かったわ。じゃあ新しい相棒を探しに行く」
「悪い。俺も、まずはスタジオで叩いてみる」
「ここ防音だったよな?」
「そうだ」
「居候していい?」
「…新しい仕事と家が見つかるまでだ」
「防音は高いから」
「働け」
「はいはい、すいませんでした」
「それから、ベーシスト探しもしないといけない」
「あー、そうだったな」
「ただいまー、トラウトお先でした」
「おっ!そうだ!お前やれよ!」
「んっ?」
「エンガワお前ベース弾いたことあるか?」
「ないけど」
「あー、そっかー。でもお前、この先やること決めてんのか?」
「決めてないけど…ええっと、何の話?ベースは弾いたことないよ?」
「よし!決まりだ!一緒に練習しよう!!ここでシェアハウス!!」
「おい!俺の家だぞ!勝手に決めるな!」
「えっダメ?ダメなの?」
「…」
「だからさ、オレがギターボーカルでしょ、トラウトがドラム叩くでしょ、あとベーシストが要るから、エンガワがやれば俺は嬉しいなあって話だよ」
「僕は楽器何も弾いたことないよ?できるの?」
「練習すればできるようになる!!」
「そうなのかな…」
「…ここに居候するなら、生活費はちゃんと出せ」
「おおっ、やっぱ話の分かる奴だよな~、よしっ決まり!」
「ええと…何にしても、仕事探さないとだよね」
「エンガワ君は真面目でよろしい」
「オレは?」
「ダメだな」
「ダメってなんだよ!!!」
無事にマグロの記憶が戻った!
それはいいけど、何故か話がどんどん進んできちゃって…えっ、僕に”あの曲”のベースが務まるのかな?
それから…この旅の目的は、まだあと少し残ってるんだ。まだ僕の旅は終わっていない。