「えっ…?!」
トラウトが、”あのCD”の製作者を知っている!?
「これは、すぐにマグロには話すことができない話なんだ。その判断を君と相談したい」
「何で僕に…」
「今のマグロを知っている…というのもあるし、他にも事情があるんだ。…君の、お父さんの名前を教えてもらっていいか?」
「父は… サバ、です」
「…この話は、君にとっても、マグロにとっても…俺にとっても、厳しい話だ。少し覚悟をしてくれ」
「大事なことなんですね。大丈夫です」
「そうだ。ありがとう。…あ、敬語じゃなくていいよ」
「マグロの記憶が飛んだことは、聞いていたんだね」
「うん。16から18のところ。…何かあったとか?」
「その16から18の期間、マグロは…いや。マグロと、俺と、もう一人…君のお父さん、サバ。この三人で、バンドをやってたんだ」
「そういえば父はベースを持ってたような…」
「その通り。どんなバンドか…予想ができるか?」
「…」
「…デスメタルのバンドだった」
「…まさか… ?」
「そう。おそらく君の今思っている通りだ。あのCDの製作者は…」
「マグロと、トラウトと、親父…なの?」
「そうだ」
「だから、家に残ってたのか…」
「サバがベースで、俺はドラムを叩いてた。マグロはギターを弾きながら歌ってて、曲も書いてた。だから、あれはあいつの曲だよ」
「あの声マグロだったんだ…はは」
「ふっ、いつもの声からは確かに分からないよな」
「それで、なんでこれをマグロには話せないの?」
「それは…これから話すよ。マグロの記憶が飛んだのには、原因があった」
「ある日マグロは、『オレは音楽で食っていくんだ!』…って実家を飛び出した。俺はあいつの幼なじみで兄みたいなもんで、昔から一緒に演奏したりしてたから、あいつと夢を追うのも悪くないって思ったのさ」
「一緒にバンドをやって、成功させようと…」
「そんなところだ。あいつは精神的にちょっと弱かったから、俺がいた方が良いんじゃないかというのも、一緒にやってた理由だ」
「意外…」
「一見ちゃらちゃらしてるからな。で…すぐには売れなかった。でも頑張っていけば行けると思っていた。なぜなら…君は、あいつの書いた曲で旅にまで出てしまったんだろ」
「うん。自分が一回死んで、生き返ったみたいに感じたんだ。できるなら会って話したいと思った…いつの間に話してたみたいだけど。へへ」
「だよな。だからだ。…しかし、俺とサバには特に才能は無かったように思う。…そんなことは、誰にも分からないけどな。それと、歳もそこまで若くなかった。…サバはそれで嫉妬してたようで、いつからかマグロを責め始めた」
「…あいつ…」
「さっき言ったように、マグロは傷つきやすいところがあるから、それを半ば本気にしてしまった。俺はバンドを続けたかったし、マグロの才能は信じてたし、友達だったから、そんなことないって励ました。新しいベーシストも探したりしながらね。サバはかなり遠くに住んでたから、それもあった。でもある日…マグロが練習に来なかったんだ」
「それは…」
「マグロにはありえないことだ。しかも無断でなんて絶対ありえなかった。だから、あいつの家に行ってみたんだ」
「…」
「それで…詳しい説明は避けるけど、…救急車を呼ぶことになった」
「それが、記憶が飛んだ原因…」
「の、はずだ。しばらく入院で、意識が戻った時には、バンドのことを忘れていた…ということだ」
「辛かったから、忘れたのかもしれないね」
「俺もそうじゃないかと思う。…だから、この話はマグロに簡単には、できない。もし話すことで思い出して、何か起こったら、取り返しがつかない」
「分かった。…でも、マグロも”製作者”を探しているし、ずっと隠し続けるのは…」
「そこが難しいんだ。だから、君に相談しようと思った。君のお父さんも関わっていることだしな」
「ちなみに、トラウトは今ドラムは…」
「やめたよ。バンドも解散した。マグロが退院して俺の家に来ることになったから、思い出しそうなものは処分したんだ。…まぁ、あいつ勝手にまたデスメタル好きになってたけどな」
「あはは…好みは変わらないんだ。でもそうすると…ギターを持ったり、バンドを組むのも時間の問題なんじゃ?」
「そうだと思う。だから、焦らず、でも早めに伝えないといけない、そう思っている」
「難しいね」
「俺も考えるけど、よかったら君も、何かアイデアとか頼れる人を知ってたら、教えてほしい」
プルルル… …ガチャ
「はい、こちらトビー」
「もしもし、トビー、こんにちは」
「あらエンガワ君。珍しい、どうしたの?」
「ちょっとマグロの記憶の事で、相談があって…」
「お前ん家、意外と区の中心まで時間かかるんだよなー」
「俺は静かな方が好きだからな」
「いちいち言わなくても分かってら」
「で、今日はそのCDをレコード会社に持ち込んでみるのか?」
「おうよ!もしそれでもダメなら、ちょっと見当つかなくなるな…ライブハウスは沢山あるから聞き込みには困らないんだけど」
「まあ、期限が無いなら、焦ることはないな。ずっと旅を続けないといけないわけでもない」
「あっ、それもそうか。じゃあ気楽に行くことにするぜ」
「…そうなんだ…。うんうん…なるほど。オッケー、じゃあ…そうだね。それでやってみる。助かったー、ありがとう!じゃあね」
ガチャ。
ガチャン!
「たっだいまー!っあーーちくちょーっ!!」
「わっ、ど、どうしたの」
「あのさーー、おい!門前払い!!なんだよ!オレの見た目が悪かったか!?真面目なのに!!」
「あっ、そうだったんだ、それは残念…よ、よしよし」
「うお~!!」
「ただいま。マグロ、野菜を踏むな」
「だってさ~…あっ、スイマセン」
「昨日話したトビーに電話してみたんだけど…まず、食卓を囲みながら話すと良いと思うって」
「うん…?どういうことだ?」
「同じこと言われるのでも、気分とか雰囲気でだいぶ変わるって。あと…心配しすぎじゃない?って言ってた」
「そうだろうか」
「『音楽とか友達って、そういう時に役立つものでしょ。』って。何なら再結成しちゃえば、とも…」
「急には無理だが…話し始めるきっかけには良いかもしれない」
「すると、具体的には…食事を囲みながらメタルをかけて、バンド再結成を提案…から入る感じかな」
「随分平和な感じだ」
「逆にそれが良いんじゃないのかな」
トビーはこんな事も言っていた。
記憶を思い出すマグロも怖いだろうけど、一番怖いのは僕なんじゃないか、って。
トラウトは、僕を一目見て「父の面影」を感じたらしい。当時子どもだった僕の名前も知っていた。
僕とマグロは友達だ。でも、記憶を取り戻したマグロが僕を見て、複雑な気持ちになったら?
…そこを乗り越えないと、僕はずっと親父の影に覆われていることになってしまう。それは絶対嫌なんだ。