「きたきた」
翌朝。僕とマグロは、中央駅でトビーと合流した。
「さっそく行きましょ」
「おう!」
S区といえば大都会だ。トビーの引っ越すビルはそのド真ん中に構えているらしい。
「こっちこっち」
朝に出発して、電車を何本も乗り継ぎ、腹ごしらえを挟み…陽はすっかり傾いてきている。
「次で降りるよ」
「おっ!いよいよだな、エンガワ」
「だね!」
長い地下道を通って、地上の改札から外に出た。
風に吹かれて前を見上げると、そこには…
「わぁ…!」
眼前に広がる、銀河のような光。人々や車の流れは混沌として、呑みこまれそうだ。四方八方から、ざわざわした音がびゅんびゅん飛んでくる。ひときわ大きなビルの向こうには、オレンジ色の夕焼けが輝いていた。
「すごいね…!」
「おう、…なんかオレ、この景色見たことある気が…」
「えっ、…いつ?」
「分かんない…もしかしたら、抜けてる所かもな」
「ねえ、何の話?」
「あっ、そっかトビーには言ってなかったね…後でホテルから電話で話す、かな?」
「ん、オレについての話ね。聞きたきゃ話すけど」
「じゃあ後で聞かせて」
僕たちに安いホテルを何ヶ所か教えた後、トビーは会社の社員ビルに向かっていった。
まずはレコード会社に”あのCD”を持ち込んでみたいけど、それをするには時間が遅い。遅い時間にできることは決まっている。
「うおーっ、『ハリケーン』だって、絶対モッシュやってるっしょ」
「書いてあるの、恐ろしい名前ばっかりだしね」
やっぱり僕たちにはこういう音楽が似合うと思う。身体にガンガン響くベースとドラム、耳にぶち込まれるギターの爆音。
ここは大都会でL市はそうでもないけど、ライブハウスの空気は同じだ。
「あー、今日は歩いたから眠くなってきたわ」
「うん、早めに済ませようか」
「だなー」
あの時と同じように、”それっぽい人”にCDを聴かせていく。
返事はどれも当たり障りがない。
「明日のレコード会社に期待、か」
「うーん、もう1人だけ」
「オッケー。 …ん?」
「どうしたの?」
「あいつ…」
突然、スタスタと早歩きでどこかへ向かっていく。
追いつくと、壁際に立っている男に話しかけていた。短い茶髪で、背が高くがっちりした体格だ。あまり”それっぽく”はない。
「?!…マグロ、か?」
「おっ、当ったりー、久しぶりだな!トラウト」
「何でお前がここに…」
「何だよー、オレが嫌なのか?かなし~っ!わはは」
「いきなりで驚いた」
「だろ?…おう、エンガワ、こいつはトラウト。オレの親友」
「こんばんは」
「初めまして。トラウトだ。エンガワ君…か…」
「はい。 …?」
「オレ、今こいつと一緒に旅してんだよねー。何の旅か教えてあげよっか」
「何だ」
「デスメタルが入った、謎のCDの製作者を探してんだ!面白そうだろ!」
「デスメタル?謎のCD?」
「おっ、ちゃんと食いついてきたな。めっちゃいいんだぜ。お前にも聴かせるよ」
「聴いてもらえますか?」
「勿論。ちょっと失礼」
そう言うと、CDプレイヤーを開けて中のCDを取り出した。表裏眺めている。
「それさー、何も書いてないから何も分かんないんだよな、だから聴かせて回ってるってワケ」
「…では聴かせてもらう」
「お願いします」
「あ、エンガワこいつタメ語でいいぞ。いいよな?…あ、もう聴いてら」
「…」
閉じたまぶたの中で、眼がグリグリ動いているのが分かる。僕も、聴き込む時はそれをやっちゃう。
そんなことを思っていると、目が開いた。意外とつぶらな目をしてる。
「…とても良いと思う」
「だろ?まぁお前ならそう言うだろとは思った。で!」
「…」
「流石に詳しいことは知らねーかな?」
「…知らないな」
「だよなー。まぁ明日、レコード会社行って聴いてもらう予定だから、いいんだけど」
「そうか…。 旅の途中と言ってたな。泊まるところはあるのか?」
「まぁ安いホテルに…え、家行っていいの?」
「せっかく会えたから、少し話がしたい」
「なるほど!よっしゃ!なんだーオレに会えて嬉しいんだったら、素直に言えよな、この~」
「エンガワ君も来ていいよ」
「ありがとうございます!」
「トビーに電話で話すんだったよね」
「あーっ、そうだそうだ、すっかり忘れるとこだった。俺の記憶の話な」
プルル…
「もしもしーっ、マグロでーす」
「はい、トビー。ええっと… あっ、駅を出た時のことね。何の話してたの?」
「なんだぁトビーも忘れてたんじゃん!オレも電話すんの忘れかけててさー、えーっと、そうそう、オレが記憶喪失って話だよ」
「え、記憶喪失なの?」
「うーんとね、オレ今20なんだけど、16から18の間の記憶が飛んでんだよな。何故かそこだけなんだけど」
「そうだったんだ… それで、”見た事ある気がする”、なのね」
「そういうこと!何となく光とか人混みの感じがさ。ま、実際どうなのかは分かんないけど」
「いつか思い出すといいね」
「おっ、なんだたまには優しい事言うんじゃん。まあな、楽しい事忘れてたら勿体ねーし」
「たまには、じゃないから」
「ハイハイ、じゃーオレはこれから寝るから、また明日か今度で!」
「ハイハイってアンタ…一応あたしの方が年上なんだからね?!全く…曲の途中で話しかけるわ、バイクは盗むわ…そもそもアンタは…」
「おーい、お説教始まってんぞ。また今度聞くから!今度な!」
「こら!逃げるなー!」
「また騒がしかったね?」
「なんなん、あいつ」
「オレはこれから寝るって、話すために呼んだんだが…」
「あっ!悪い悪い、もう眠くてさあ…少し話したら寝かせて」
「分かった」
「… … ということで、オレはバイトを辞めてこいつと旅に出たってわけ」
「金はあるのか?」
「あるよーだ、もうお前にお世話になんなくてもいい大人だぜ」
「なら良いんだが」
「マグロ、トラウトにお世話になったの?」
「うん、記憶が飛んだ後しばらく居させてもらってた。この家からオレは巣立っていったというわけだ」
「親友で恩人なんだね」
「そう!…てか、ねみぃ~!オレはもう寝る!おやすみ!」
そう言い放って、ゴロン、と雑魚寝を始めた。
「…じゃあ僕も、」
「エンガワ君」
「?はい」
「君には、話しておかねばならないことがある」
「…」
僕とトラウトは、マグロを置いて隣の部屋に移動してきた。
わざわざマグロが寝た後に話しかけてきて、移動したということは、大事な話なのかもしれない。
「話さないといけないことって…何ですか?」
タメ語でいいって言われたけど、敬語になってしまう空気。
「…単刀直入に言おう。俺は…君の探している製作者が誰か、知っている」