「あ~濡れた濡れた!!」
「ライブ見るのもいいけど、宿も探さないとだね」
「あ、そうだったな…まぁ、ここの人に聞けばどっか知ってるだろ」
到着したライブハウスの中では、歪んだ重たい音が高速で鳴り続けていた。
「なんのジャンルかわかる?」
「詳しくは分かんねーけどテクノだよな。激しいところはデスメタルと似てるぜ」
「じゃあ、あのCD聴かせても大丈夫な人もいるかも」
流れる爆音に身を揺らしながら、「それっぽい人」を探す。なかなか見つからない。ジャンルが違うのだから当たり前か…
そう思っていると、誰かが僕らに呼びかけてきた。
「金髪のお兄さん!そのシャツ!メタルですか?!」
マグロが着ているのは、物騒な柄のTシャツ。そういえば、旅に出る前に掃除させられたCDの山の中に、同じ絵があった気がする。
なるほど、こうして好きなシャツを着ておけば、同じ趣味の人に見つけてもらえる、ということか。
「おっ、そうっすよ!お兄さんもメタルで?」
「まぁ、そうですね!ここでお仲間に会えるとは思ってなかったです、はは」
見た目は全然「それっぽく」ない、至ってフツーの社会人という風貌だ。
「テクノも聴くんですか?」
「いや、今日はたまたま…あっ、そうだエンガワ、この人メタルだからアレ聴けるぜ」
「なるほど、それは難しいね」
「何か知ってることとか…あと、知ってそうな人とか、いたりしますか?」
「うーん、自分は知らないんだけど… あっ。あの子は… まあ、聞くだけ聞くのは良いか。今日は来てるのかな…」
「誰かいるんですか」
「一応ね。こういう激しいテクノが特に好きな子がいて、その子すごい機械に強いっていうか、情報通?っていうか」
「おぉっ?!その人紹介してくださいよ!」
「最先端だよ。ただデスメタルは詳しいかどうか分からないんだよね…とりあえず今日ここに来てるか、探してみようか」
「お願いします!行きましょう!」
「眼鏡、赤髪…」
教えてもらった特徴をブツブツ唱えながら、人混みを縫っていく。
「すぐ見つかりそうなもんだけどな」
「かなりハデそうだよね」
「来てねーのかもな」
「眼鏡、赤…」
「あっ」
黒縁眼鏡をかけた女の子が、壁に寄りかかっている。赤いセミロングの髪を後ろでバサっと留めて、白いタンクトップにスリムジーンズ。ラフだけど絵になる。
身長は僕と同じくらいだろうか。高くはない。
「すいませーん、ちょっと話いいっすか」
「何?」
あっ、その目、ナンパか何かだと思ってない?
マグロの見た目と喋りがチャラチャラしてるから仕方ないけど。
「とりあえずココうるさいんで、外に…」
「この人の終わったらね」
「あ、了解っす」
チャラチャラしてるけど…いや、してるから?人と話すのは得意だよね。正直、僕一人で旅をするのは、ものすごく大変だったと思う。
「何か用?」
「パソコン得意な情報通って、あなたのことっすか?」
「多分そうね」
「おお!ちょっと探してる人がいて、力貸してほしいんですけど…」
「いいけど…ていうか、あなたたち誰なの?」
「あっ」
かくかく、しかじか…
「あたしのことはトビーって呼んで」
「でさ、良ければでいいんだけど、今晩トビーの家ちょっと貸してくれない?」
「ダメ」
「ですよね」
「まあ…困ってるなら、安いホテルぐらい探してあげるけど」
「おおっ!ありがとうございます!!」
「…エンガワ君、こいつと一緒でうるさくない?」
「い、いや、そこまででは…」
「そこまででは、って何だよ!!」
「ちょっと、耳元で騒がないでよ」
「おおー、トビーちゃん、来てたんだね」
「あっ、さっきの…」
「イワシさん。この子たち知り合いなの?」
「いや、まあ、さっき知り合ったというか、その金髪君がメタルシャツだったからさ、ははは」
「ふーん…ていうか、メタルならイワシさんに聞いた方が早いんじゃ?」
「いやいや、自分も知らなくてさあ。だから、ズバリ何のバンドかというよりは、こういうのに詳しそうな人とか、周りを調べてほしいかなって…だよね?」
「そうっす!」
「なるほどね。じゃあ…このイベント終わったら、サブの携帯貸すから、それであたしに連絡して」
「了解っす!ありがとうございます!!」
プルルル…
ガチャッ
「もしもーし、マグロでーす」
「はい、トビーです、お疲れ様」
「お疲れっす!!」
「もーちょっとボリューム下げてくれないかな…で、今そのメタルに詳しい人がいそうな場所を探してるんだけど…あなたたち車とかで来た?電車?」
「バイクでL市から来ました!」
「バイクかーちょっと遠いな…」
「あ、じゃあ電車でもいけるっす」
「ん?どういうこと?」
「あーっと… まあ、その、盗んだバイクでアレですよ、走り出してきちゃって?適当に処分すれば良いかな的な?」
「はぁ?!あんたたちそんな悪事を…!」
「ま、まぁまぁ!これにはワケがあって!!」
「ワケも何もあるの?!何なのよあんたたちは!」
「そのバイクの元の持ち主が強盗なんすよ!それを倒して、奪って、だからまぁ逆に正義的な?なりませんかね?」
「ならないから!!…しょうがないなぁ、でもとにかく電車で行けるってことなのね」
「そうっすよ!」
「じゃあそうだな…明日の夜また電話して。それまでに調べたりしとくから。あとバイクは警察に届けておいて」
「了解っす!ありがとうございます!!」
「じゃあね~」
「なんか騒がしい電話だったね」
「おっ、まぁな。あいつオレの声でかいって言うくせに自分だって騒いでるし、いちいち口うるせーし、なんなんだ」
「弟みたいに思われてるんじゃない」
「えー、やだ、いつも怒られそう」
「あはは」
次の日、僕たちはバイクを手放すため交番に向かっていた。
「バレないと良いけどな~…」
「多分さ、オレが話しに行くと疑われるよ、職質何回もあるし。だからエンガワ行ってこい」
「そ、そうだったんだ…なんとかしてみる…」
「そのバイクを拾ったの?」
「ま、まぁそんな感じで…」
「そうかー。わざわざよく届けてくれたね」
「あっ、はい、じゃあよろしくお願いします」
「はーい」
「いけた?」
「意外と大丈夫だった…あー、捕まったらどうしようかと思った!」
「よしよしっ、これで身軽になったな」
「今日は何しよっか」
「トビーが夜に電話しろって言ってたけど、それまでヒマなんだよな」
「夜に連絡するんじゃライブ行きにくいしね」
「うーん。トビーん家行くか?」
「え?」
「いや夜までに色々調べるって言ってたから、行けば早く分かりそうじゃん」
「そうだけど、場所が分かるの?」
「何のための携帯だよ」
プルル… ガチャ
「もっしもーしマグロでーす!」
「はいはい、聞こえてるから…ていうかまだ昼なんだけど。夜にかけてって言ったでしょ」
「いやー暇だからトビーん家行って聞いた方が早いかなって。あと夜にかけてたらライブ行けないし」
「ええ…何それ… でもまぁ丁度いいや、ちょっと手伝ってほしい事があるからね」
「んっ?」
「そこから右向いて」
「うん。ん?」
「そのまま真っすぐ歩いてってー」
「んん?何何?」
「マグロどこ行くの」
「なんか方向指示してきてる」
「ええ…なにそれ…」
「はいストップ。左に曲がってー」
「うんうん」
「ストップ!はい右向いて、上見て!」
右のビルの10階くらいから、赤髪の女の子が手を振っている。
「おじゃましまーす!!」
「おじゃましますー」
トビーの家に入ると、何かよく分からない大きな機械が、所せましと並べられていた。ケーブルやダンボールで見通しが悪い。あちこちで赤や緑の小さい光がピカピカしている。
「なんかめっちゃゴチャゴチャしてんじゃん」
「聞こえてるんだけど。ゴチャゴチャしてるのはこれからここを出るからなの」
「あっ、そこにいたのか。引っ越すの?」
「まぁね。ここ会社の社員用のビルなんだけど、丁度本部の方からお呼びがかかったから、そっちに移動」
「へー。本部ってどこ?」
「次に2人が目指す街、S区にあるの」
「おお… ん?オレ達もついでに行くってこと?」
「そう、正解。行き方分かんないでしょ?」
「マジか、助かるー」
「だから、その代わり片付けの手伝いしてねってこと」
「ああっ?!なんだそりゃ?!」
「うぇー、また片付けするのー?!」
「考えてみて、3人でパパっと片付ければ明日に出られるようになるんだから、お互いに得するでしょ?」
「なるほど…」
「なるほどなのかな…」
「お疲れさんでした!!」
「やっと終わった…」
「お疲れさま!じゃ、S区について軽く話とくね」
「ういっす」
「ここN市よりもっと大都市なのは知ってると思うけど、特に音楽が流行ってるというか、ライブハウスもレコード会社も集まってる場所なのね。メタル扱ってる所もだいたい分かったから…」
「おぉ!」
「あとは分かるね」
「聞き込みまくりっすね!」
「そういうことだから、明日の朝9時にN市中央駅に集まりましょ。電車乗り継いでいったら夕方に着くから」
「了解っす!!じゃあ…エンガワ!今日はなんかメタルな感じのライブがありそうだったよな!」
「うん、あった!」
「そういうことなんで!じゃ!お疲れっした!」
「はーい、ありがとねーまた明日!」
時代の最先端を行く街娘・トビー。縁と縁が結びつき合って、予想外にスムーズな旅になっている。
この運の良さが不思議に思える。まるで、この旅のすべてが、何かに引き寄せられているような…。