「やーっと着いたわ」
「おじゃまします」
時計はてっぺんを回っていた。
最後までライブを楽しんだ僕たちは、そのあと他の人たちと音楽の話で盛り上がってから、歩いて帰ってきたのだ。
「トイレとシャワーここな!」
そう言いながら、金髪はその部屋に駆け込んでいった。
そういえば、まだお互いの名前も知らなかった。
ジャー!…バタン!ドタドタドタ!!
「よし!!早速、例のブツを聴かせてもらおう!!」
「あっ、あのさ」
「おう!」
「名前まだ知らなかったじゃん。僕、エンガワ」
「マグロ!ハタチのフリーター!よろしく!それよりさ!!」
「はい、これね」
「くぅー!やっと聴ける!!他の奴ら大体評価高かったもんな~!」
いわく、ライブは周りがうるさくていいけど、CDから聴くなら静かな場所じゃないと、らしい。
長い金髪にイヤホンを潜らせて、しばらく。
「終わった」
「どう?」
「めっちゃいい」
「でしょ」
「帰ってきてから聴いた甲斐あったわ」
さっきから目がキラキラしっぱなしで、口元もユルユルになってたから、バレバレだった。
「オレも誰のか知らない…。このテの音楽のことは調べてたつもりだったけど、インディーズにこんなのいたんだな」
「なんでデビューしなかったんだろうね…」
「まあ音楽活動って厳しいみたいだけどな。…でもこれは、グッと来たわ」
「分かってるね」
「…… ……」
おう、と呟いて、俯いて顎に指を当てだした。目がキョロキョロしてる。
「決めた!オレもこのCD作った奴探す旅に出る!!」
「え、えぇっ?!?」
「このままじゃスッキリしねえ!!お前だけ『じゃあ行ってきまーす、さようなら』なんて、あってたまるか!!」
「マグロがいるのは心強いけど…仕事とか大丈夫なの?」
「辞める!」
「突然辞められるかな…」
「さすがに明日出発は無理だけど、人数多いし頼めば大丈夫なはず… …とにかく!!近々、オレはお前と旅に出る!これは決まったことだ!!」
「そっか」
「お前意外と飲み込み速いな。そういうことだから、オレが働いてる間にここを片付けておけ」
「えぇぇ~~っ?!」
「じゃ、行ってくるから、よろしくな」
「はーい」
翌朝、マグロはさっそく仕事に行った。
自分の家の片付けが終わったと思ったら、今度は友達の家の片付けか…
狭い家だけど案外綺麗にしてるし、物もそんなに多くない。…けど、明らかに面倒臭そうな場所が1箇所あった。
「なんだよこのCDの量…」
物騒なタイトルのCDが、棚にビッシリ詰められている。
「このテの音楽」は調べてたっていうのは、本当の本当なんだ。
「1、2、3、…この厚さで10、てことはこの列で…約50、重ねて一段100枚…?げっ、後ろにもう一列あるし…」
「ただいま~」
「おかえり」
「どれどれ…おおっ、結構まとまってんじゃん」
「でしょ。ただね、1箇所全く手つけてない」
「?」
「CDの山」
「あっ!そうだよ、あいつらどうするかな…売るのもなぁ…」
「それで、提案があるんだけどさ」
「おう!」
「うちに置いていいよ、ここから遠いけど」
「あれ、1人暮らしで旅に出てるのに…あ、実家?」
「そう。色々あって親が失踪した」
「そうか… エンガワが良いって言ってくれるんなら、ありがたいわ」
「うん、いいよ。…あ、辞めるって言った?」
「ん、あと3日働いたら終わり。今からこの家の解約の話しに行く」
4日後の朝。
片付けを終えた僕とマグロは、しばらく旅ができるだけの持ち物…と、大量のCDを抱えて、まずは僕の家に向かっていた。
「重いんだけど」
「オレの人生だからな」
電車を乗り継ぎ、坂道を登り、昼を過ぎてようやく到着した。
「これの下に…どの鍵だったかな…おっ、当たり」
床の下に階段が現れる。
「おお!!地下室だ!!すげえ!!」
「ここなら盗られることもないと思う」
「おう、じゃあ、有り難く置かせてもらうぜ!」
さっそく出発したいところだけど、腹が減っては…
「こんにちはー」
「あらっ!エンガワくん大きな荷物じゃない?どこか行くの?」
「あー、まあ… 実は、ちょっと旅に出る感じで」
「た、旅に?!大変じゃない?!」
「大丈夫ですよ、そんなに大きな旅じゃないです」
「それならいいけど… えっと、腹ごしらえよね。今日はどれかしら?唐揚げ弁当なんかどう?」
「おまたせー」
「サンキュー」
「小旅行だって嘘ついてきちゃった」
「まあ、3日で見つかれば3日の旅行になるし、嘘ではなくね?」
「んん…そうなるといいけど…いや、それは逆にがっかりするような」
「あはは」
「んん?」
「いや、まじめだなーって」
「そう?」
「いや、でも突然CDのために旅に出るのは…」
「でしょ」
「だはは」
陽は徐々に傾いてきた。
「とりあえず、N市だよな」
「谷を越える電車は…どれくらいあるっけ?」
「1日2本、朝と夕方」
「じゃあ今日は近くまで行って終わりだ」
「ん、宿があればそこで、安いとこ無けりゃ野宿だな」
谷の麓には宿がいくつかあったが、安い部屋は満室だった。
「しょうがないね」
「ま、珍しい体験ってことだ」
「うん。おやすみ」
いよいよ、本格的に旅が始まった。
「あのCD」について、栄えているN市なら、何か知ってる人がいるかもしれない。