街まで出てきた僕は、やっぱり途方に暮れていた。
「このCD」の主が生きているかどうかも分からない。
それでも、探さなければいけなかった。いや、僕は探したい。
まず思い付いた方法は、とりあえず聞かせてみることだ。
しかし、これはなるべく避けたい。避けたほうがいい理由が、ちゃんとある。
その音を聞く限りは、バンドの曲だった。
ボーカル、ギター、ベース、ドラム。
ただ、ボーカルが轟々いう唸り声で、ギターは凶悪な耳触り。
ベースも聞こえるギリギリの低い音で、ドラムも人間がやってるようには聞こえない。
つまりは、とんでもなく激しく煩い曲だった。
これを片っ端から聞かせるというのは、僕の大好きな曲を否定され続けるのはもちろん、下手したら迷惑防止なんとかで没収されてしまうということだ。
それは最悪だ。
だから、まずは「それっぽい人」を探すことにした。
あんな凶悪な曲を書くのだから、たぶん見た目もそんな感じだろう。
そういう人は、人脈が強いに違いない。こっちは、何か少しでも情報が入れば万々歳なんだ。
バンドといえばライブハウス。幸か不幸か、この街にライブハウスは少ない。
谷を越えた隣の都市が栄えているので、こっちは吸われてしまっている、ということ。
この街の「それっぽい人」候補がそこに集まってくれるんだから、ありがたい。
「サークル・ボックス」
看板の下には、地下への階段が伸びている。まずはここで情報収集をしよう。
受付には、チリチリした黒髪を肩まで伸ばした男が座っていた。
「こんちわ」
口の端にピアスをつけている。タバコの臭いが鼻につく。
「こんにちは。…お願いがあって、この曲を書いた人を探してるんですけど」
ほう、と口の端を少し上げてイヤホンを挿す。
ここで働いているのだから音楽が好きなんだろう。チリチリをご機嫌そうに揺らしている。
「なるほどね、デスメタルね。音の感じはインディーズだね。書いた奴は知らないけど、オレこういうの割と好きよ」
自分の他にも、分かってくれる人がいるんだ。
「ここに来る人は、デスメタル好きだったりしますか」
「そりゃ日によるな。ただ今日は多いね、これからそんなバンドがいくつか出るからね。よかったら見てきなよ」
なんてラッキーだ。
そんなバンドのメンバーたちなら、何か知ってるかもしれない。
「ありがとうございます」
「うんうん、ドリンクと合わせて3,000ね」
ステージのある薄暗い部屋に入ると、「それっぽい人」が数人壁にもたれ掛かっていた。
誰から声を掛ければいいのか…ぼーっとしていると、後ろから肩を叩かれた。
「どうも!今日1番手でやるフレッシュ・オブ・フィアーのギターです!よかったらこれ聴いてください!」
それっぽすぎる、それっぽい人に、半ば強引にCDを渡された。
「あのCD」と見た目がそっくりだ。そうか、「あのCD」もこんなふうに試作されたものなんだ。
「あの、このCDに入ってる曲を書いた人を探してるんですけど、聞いてもらってもいいですか?」
「探してる?!いいですよ!てか、探してんならメンバーにも聴かせますよ。ただ俺らこれからやるんで…じゃあ、後で!あとで終わったらまた声かけてください!」
つくづくツイている。いい人だ。
怖い人が怖い曲を書くのかと思っていたけど、怖いのは見た目だけなのかもしれない。
いつの間にか、部屋には「それっぽい人たち」が集まっていた。
タバコの煙と、低い話し声が充満している。
フレッシュ・オブ・フィアーの演奏が始まった。
ステージを激しい光が交差する。確かに受付のチリチリさんが言っていたように、僕の好きな感じのサウンドだ。
さっきの人は、僕から離れた方でギターを掻き鳴らしている。
部屋の中の人たちは、頭を振ったり、肩を揺らしたり、微動だにしなかったり。
初めての空間で慣れないはずなのに、何故か居心地がいい。
「ありがとうございましたー!!」
拍手と口笛。部屋が暗い間に、また人が増えていた。
周りを眺めていると、また肩を叩かれた。
さっきの人だ。何も言わずにこっちを見て、部屋の後ろの方を指差して、メンバーと早足で歩いていった。
ついて来い、ということか。
「物販やってまーす!! …さっきはどうも!どうでした?」
「良かったです」
「ありがとうございます!さて、じゃあ、オイ、お前らさっきの話の!人探し!」
「こんにちは~ボーカルです~」
「あの、これです」
「あい、聴きますよ」
メンバー4人の耳を渡っていくイヤホン。
「なかなかいっすねぇ~、音は悪いけど」
「どのバンドかまでは知らないな…」
流石に、試作品は知ってる人が少ないらしい。
うぅん、と落とした肩に、誰かの腕が乗ってきた。
「何聴いてんすか?」
これまた、それっぽい人だ。
背中まで届く、綺麗な金髪ストレート。襟が豹柄のベストに、ぴちっとした黒いシャツ。
迷彩パンツから鎖がジャラジャラぶら下がっている。
声は完全に男だけど、見た目はちょっと女みたいだ。
「その子がこのCDの作者探してるらしくて、知ってる奴がいないか回してて」
「んー、なんか楽しそうっすね」
長い金髪がするん、と肩を回って、僕と目が合った。
「あとでオレにも聴かせてね」
めちゃくちゃ目が大きい。
「あっ、はい、お願いします」
そうこう話しているうちに、2番目のバンドがサウンドチェックを始めだした。
「いきなりなのに聞いてくれて、ありがとうございました!」
「いやいや、こちらこそ。分かんなくてごめんね」
「またここでライブやると思うから、そん時は来なよ」
2番手のバンドは、かなりのスピード系。部屋の中がムシムシしてくる。
そうだ、ドリンクチケットがあるんだった。
部屋を出てカウンターに行くと、さっきの金髪が壁にもたれて何かを飲んでいた。
コーラを貰って、横に並んでみる。
意外。僕と同じものを飲んでいた。
「オレ意外とゲコなんだよな」
あっ、ばれた。
「今日一人なの?」
「はい、今日…っていうか、いつもですけど」
「オレと同じじゃん。こーゆー音楽あんま一緒に来る奴いないよな」
「うーん…一人暮らしで、友達もいないんで」
「あぁ?一人暮らし?お前何歳だよ?」
「16です」
「何で… いや、そりゃあ色々あるよな」
「はい…」
「あのさ、今日お前うち来いよ。で、さっきのCDゆっくり聴かせてよ」
「えっ、いいんですか」
「お前意外と断らないのな。いいよ。あっ、学校とかあるか?」
「今…旅をしてて」
「は?」
「いや、だから、あのCDの作者を探す旅で」
「…あぁ?!そーゆうことだったのか!あっはっは!!」
「やっぱり、変ですかね…」
「いや、そーゆうの良いと思うよ。あ、タメ口でいいぞ」
「あ、ありがとう」
「そーゆーのは早く言えよな~!」
「あはは… ん?」
防音扉の向こうから聞こえてくる、激しいドラムの音。壁に掛かっているモニターを見ると、2番手のバンドが更に激しい曲を演奏し始めたらしい。
「始まったな。行くか」
「うん!」
コーラを飲み干して、僕と金髪は再び轟音の中に飛び込んでいった。